第四章

「あれ言うタイミング、もうちょい早い方が良かったかな?」

「確かに、テンポ感的にはそうかもな」

「だよねー。反省しなきゃ」

 一真と自分達の動画について意見を交わす友葉を見て、健介は複雑な気持ちになった。

 SCDである事が発覚して三週間、友葉は意欲的にリハビリに取り組んでいた。羽田もここまで頑張る患者さんはなかなかいない、と目を丸くするほどだ。

 しかし、その努力とは裏腹に、その症状が確実に進行しているのも、また事実だった。

 そんな状況下で、健介は一つの悩みを抱えていた。それは、今後の活動方針や世間に公表するか否か、という事である。

「何をくよくよしてやがる」

 気が付けば、一真が隣に立ってこちらを見つめていた。

 健介は少し躊躇ってから、一真に疑問をぶつけた。

「お前は、今後の俺らの活動方針をどう考えてる? 動画の形態とか、ゆいの事を公表するかとか」

「さあな」

 一真の答えは素っ気なかった。

 健介がその横顔をじっと見つめると、一真は溜息を吐いて口を開いた。

「今後については全部、議論の中心はゆいだろう。ここで俺らだけで話しても意味がねえ」

「……やっぱりそうだよな」

 自分が思っていた事を改めて口に出され、健介は覚悟を決めた。

「明日の朝のミーティングの議題を変更する」

「分かった」

 一真が僅かに口元を緩めて頷いた。


「今日は、俺らの今後の活動方針について話し合う」

 健介は皆の顔を見回した。議題については、昨日のうちに伝えてあった。内容が内容なだけに、即答出来るようなものではないからだ。

「まずは一番重要な事から話そうか。ずばり、ゆいの状態を公表するか否か、という事だ」

 皆の顔に緊張感が増す。

「まずはゆい」健介は当事者に声を掛けた。「まとまってなくても良い。お前の考えを聞かせてくれ」

「私は……」友葉が唇を舐めた。「SCDを公表して、その上で出来る限り動画に出続けたいです」

 友葉がそう言うであろうという事は、なんとなく予想はしていた。

「それは、理不尽な批判や罵りなどのアンチコメントを考慮してもか?」

「うん」友葉は即座に頷いた。「昨日の夜、考えたんだ。それで、私の中で最も優先度が高いのは、皆と活動を続ける事だって気付いた。皆に迷惑を掛ける事になるけど、私は出来るだけ動画を皆と撮りたい。その為には、公表しない訳にはいかないなって思った」

 そう言い切る友葉の眼には、覚悟の光が灯っていた。

「俺はゆいが望むなら大賛成だな」

 明美がそう言ったのを皮切りに、他のメンバーもこぞって賛同の意を示した。

「ゆい」

 皆の意思を確認して、健介は友葉と向かい合った。

「うん」

「迷惑なんて事は絶対にない。お前の意見は嬉しいし、勿論賛成だ。ただ、これだけは約束してくれ。俺らが総じて危険だと判断したら、それに従うって」

「それは勿論だよ。一人で突っ走るような事はしないから」

「なら良い。これからも頑張ろうな」

「うん!」友葉は笑顔で頷いた。「皆、ありがとね!」

 皆が笑みを浮かべる。

 健介は一人静かに微笑んだ。


 翌日にはマネージャーの義和、カメラマンの田中たなか畑中はたなかなどのチームメンバーを集めて、友葉の現状を伝えた。

 その直後は皆動揺していたが、健介達よりも人生経験を積んでいる彼らは大きく取り乱すような事はせず、健介達の方針にもこぞって賛成してくれた。

「俺らは君達の絆に全幅の信頼を置いている。それが君達の総意なら、従うまでだよ」

 義和にそう言われた時は、思わず目の奥が熱くなった。

 自分達は本当に仲間に恵まれている。そう思わずにはいられなかった。


「ゆうた。それもうちょっと上かな」

 健介は壁の装飾をしている悠馬に声を掛けた。

「こうすか?」

「ああ。そんな感じ」

 振り向いた悠馬に頷きかけつつ、自分の手元の折り紙を折る。

「みゆき。包丁取れ」

「はーい。あっ、まりちゃん。それよそっといて」

「任せて」

 キッチンでは一真、明美、友梨奈の三人が料理をしていた。

 友葉を除いた五人だけで集まってこんな事をしている理由。それは、今日が友葉の誕生日だからだ。二十歳になる節目の年という事もあり、皆いつも以上に気合が入っている。

 いや、それだけではないか。

 健介はふと手を止め、精力的に働く仲間を見た。全員が心のどこかでは思っている筈だ。これが、何も気に掛けずに祝える最後の誕生日になるかもしれない、と。

 健介は首を振ってその考えを追い払った。例えそうだとしても、今はそんな事を考えている場合ではない。

「よっしゃ!」

 健介は気青を入れ、作業に戻った。


「遅いね……」

 腕時計を見ながら友梨奈が呟く。友葉には午後五時に来るように伝えていたが、現時点で既に二十分が経過していた。

「何かあったんじゃないすか?」

 悠馬の言葉に不安が煽られる。確かに、友葉は普段から遅刻などした試しがない。よりによって自分の誕生日に遅刻というのは、違和感を覚える。

「みゆきは合鍵預かってたよな?」一真が言った。「だったら確認に――」

 その時、一真の言葉を遮るようにして健介の携帯が鳴った。友葉からかもしれない、と慌てて携帯を見るが、そこには、非通知、と表示されていた。

 場に緊張感が漂う中、健介は電話に出た。

「……もしもし」

『君はヨナスのリーダー、健介君だね?』

 相手の声は、合成音だった。

「……そうだが」

 迷った末、健介は正直に答えた。この番号と本名を知っている相手には、恐らく白を切る事は出来ないと思ったからだ。

『賢明な判断だ』合成音が笑いを漏らす。『正直に答えてくれて良かった。少女の悲鳴は私の趣味ではないのでね』

「少女?」聞き返しつつも、健介の頭に一つの考えがよぎった。「まさかっ……!」

『流石、察しが早いね』合成音がくすりと笑いをこぼした。『相川友葉、いや、ゆいと言った方が良いか。彼女は今私の元に居る』

「……証拠はあるのか?」

『メールでお見せしよう。暫し待ちたまえ。ああ、そうだ』

 ――この事を他の誰かに知らせたら、娘の命はないと思いたまえ。

 そう言い残して、電話は一方的に切れた。

「誘拐か?」

 すかさず一真が聞いてくる。悠馬が目を丸くさせるが、明美と友梨奈に表情の変化は見られない。健介の言葉だけである程度予測していたのだろう。

「その可能性が高い」

「え、えっ?」悠馬が焦った声を出す。「誘拐? ど、どういう事すか?」

「悠馬、落ち着け。相手はメールを送ると言っている。まずはそれを待とう」

 それから程なくして、健介のスマホがメールの着信を知らせた。差出人の名前は『相川友男』となっている。

「……確認するぞ」

 五人の輪の中にスマホを置き、メールに添付されている写真を開く。

「はっ?」

 写真が表示された瞬間、男子三人の声が重なった。女子二人は衝撃で固まっている。

「そいつは相当ふざけた野郎みてえだな……」一真が呟いた。

 そこには、手足を拘束され、ガムテープで口を塞がれている友葉の姿があった。

 呆然とする間もなく、再び非通知で電話が掛かってくる。

『写真は見たかね?』

「これはどういう事だ。何故ゆいは拘束されている?」

 必死に感情を抑えながら問うた。少しでも気を抜けば怒鳴ってしまう。それで電話でも切られたら、それこそ万事休すだ。

『何故? 面白い事を言うね、君は。人質なんだから拘束されて当然ではないかね?』

「……何が望みだ」

『その前に。君達にもう一つ伝えておく事がある』

 物音がして、続いて低い呻き声が聞こえる。その特徴的な低音は、電話越しでも聞き間違えようがなかった。

「はっ⁉」

 健介は思わず立ち上がっていた。仲間達が心配そうに見てくるが、何とか落ち着きを取り戻して大丈夫だと伝え、座り直す。

「どういう事だ。何故その人までそこにいる?」

『けんせい君、私は大丈夫……ぐふっ!』

 男らしい低音の声が聞こえたかと思えば、再び彼は呻いた。

「おい、その人に手を出すな」

『おいおい、その人呼びは酷いだろう。高木義和と呼んでやってくれたまえ』

 合成音の挑発に乗らないよう、健介は深呼吸をした。

『それでは本題に入ろう』合成音が抑揚のない声で言葉を続ける。『君達には、これからメールで送る住所に車で行ってもらう。勿論タクシーは駄目だ。一応外観も載せておくが、この状況に相応しい見た目をしているから、すぐに分かるだろう。荷物は没収するので道中必要になるものだけで良い。入り口に門番が立っているので、その者達に検査してもらう。くれぐれも逆らわないようにしてもらいたい。繰り返すが、少女の悲鳴は私の趣味ではないのでね。それが終わったら、その者達の指示に従い、中に入ってくれ。君達にはそこである実験に参加してもらう。見事成功したら、君達は仲間と再会出来るだろう』

「……目的はなんだ?」

『来れば分かるだろう』そう答える声は笑いを含んでいる。『念を押しておくが、くれぐれも通報などはしないように。君達六人が揃う事にこそ意味があるからね』

「……分かった」

『最後に一つ、アドバイスだ。動きやすい格好で来たまえ』

 健闘を祈る。その言葉を最後に電話は切れた。

 スマホがメールの着信を知らせた。健介は、深呼吸を一つして四人に向き直った。

「……義和さんも拘束されていた」

「えっ⁉」

 これには流石の一真も目を見開いた。

「あの体格の良い義和さんをか……」

「相手の目的は分からない。が、俺達の二人の大切な仲間が誘拐されている事だけは確かだ。この先、何があろうとも必ず二人を取り戻そう」

 四人が覚悟を決めた顔で頷くのを確認して、健介はスマホに住所と外観の記載されているメールを表示させた。

「よし、じゃあ相手からの要求を伝える」その画面を四人に見せる。「ここに車で俺達だけで来るように、という事だった。長野県にあるみたいだ」

「いかにも曰く付きって感じだな」明美が呟く。

「荷物は没収するので道中に必要なものだけで、動きやすい格好で、とも奴は言っていた。ここで奴は俺達に何かしらの実験に参加してほしいらしい。その内容や目的は分からない」

「動きやすい格好……」一真が呟く。「決闘でもさせるつもりか?」

「いや」健介は首を振った。「電話だけでも分かった。あいつは狂っている。俺達がここで思い付く中に正解はないだろう。とにかく奴は、俺達六人が揃う事に意味があると言ってた」

 皆が黙り込む。それはそうだろう。得体のしれない人間に大切な仲間を誘拐され、その上どんな危険があるか分からない場所に行くのだ。不安にならない方がおかしい。

 ここは俺が喋らないと。健介は口を開きかけた。しかし、それより先に明美が口を開いた。

「それでも、俺達にはそこに行く以外の選択肢は残されていないと思う。その男は俺達六人が揃う事に意味があるって言ったんだろ? だったら、俺達が行かなきゃゆいと義和さんはどうなるか分からない」明美は一泊置いて続ける。「最悪の場合、殺されるかもしれない」

 健介が口に出す事を躊躇った言葉を言ってのける明美の目には、恐怖は浮かんでいなかった。その強い意志の込められた瞳と言葉は、他のメンバーの覚悟を決めさせるには、充分なものだった。

「行かねえ、って選択肢はねえな」

 一真が立ち上がったのをきっかけに、悠馬と友梨奈も立ち上がる。

「よしっ」健介は手を叩いた。「じゃあこれから各自支度をして、もう一度ここに集まろう。車はそこの車庫に止めてあるものを使う。一番でかいからな。荷物はさっきも言ったように、道中に必要となる物だけ。格好は動きやすい格好だ。靴もな。では、一旦解散っ」

 部屋に、四つの頼もしい返事が響いた。

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