第15話 冒険者組合

 王都ゴルトベルクの冒険者組合は、デルマの店がある商業街区から離れた城壁近くの少し雑多な地区にある。安い酒場や城壁の外で収穫された農作物や森で狩られた獣の肉などの卸商人が軒を連ねている。決して上品とは言えない冒険者や旅人、人夫が往来し雑然としているため、通常、ヒルデガルトのような貴族の令嬢が足を踏み入れることはまず無いだろう。


「よう、先生。今日も素材を探しに来たのかい?」

「先生、また回復薬を作ってくれよ。」

 冒険者ギルドに入るとデルマは次々に中にいた冒険者たちから声をかけられた。

彼らにしてみれば、デルマは冒険の際に生死を分ける貴重な霊薬を作ってくれる大切な先生であり、また、霊薬の素材を買い取ってくれる大事な得意先でもある。

 デルマはそうした声に軽く手を振って応えながら、一番奥の机に陣取っている男の前に歩いていった。


「副長、景気はどうですか?」デルマは革貼りの椅子に浅く腰を掛けた40歳を過ぎたくらいのがっしりとした体格の男に声をかけた。

「ああ、先生か。まあ、ぼちぼちと言ったところかな。」副長と呼ばれた男は、豊かな髭を蓄えた口元からくぐもった声で応えた。


「北の方で魔物が増えているが、そんなに強い奴らが出てきている訳でもなく、若い連中にはちょうど良い訓練になってるよ。」

「そうですか。ところで面白い素材は入っていないですか?」

「なんだ、先生。また新しい霊薬でも創るのか?」副長は苦笑しながら尋ねた。

「まあ、そんなところです。」デルマは涼しい顔で応えたが、その言葉が終わらないうちに副長が追い討ちをかけてきた。

「貴重な品を爆発させるなよ。」

「それは言わない約束でしょう!」怒った口ような調でデルマが返すが、その顔は笑っている。お互いにそんな冗談が言い合える仲なのだろう。


「今日はお連れさんがいるようだが、そちらさん絡みかい?」

「ええ。こちらのお客さんがちょっと厄介な探し物していて、こちらにお連れしました。」デルマはそう言って後ろにいたヒルデガルトの手を引いて、副長の前に立たせた。


「ほう。ずいぶんと若いお客さんだな。とても厄介事に縁がありそうには見えないが。」副長は値踏みするような目でヒルデガルトの全身を眺めた。

「全身をローブで隠しているが、巡礼者ではなく、王都の住人だな。」

「初めまして。ヒルダと申します。」そう言ってフードを脱ぎ、ローブの裾を摘まみながら挨拶をするヒルデガルトに副長は鋭い視線を投げ掛けた。


「あんた、どこの家のご令嬢だい?その白金の髪色からすると北の辺境伯か?」声を落とし、ヒルデガルトとデルマにだけ聞こえるように副長は尋ねた。いや、疑問形で話しているように見せながら実際には断定していた。


 図星を当てられて、ヒルデガルトは息を飲んだ。まだ社交界でのお披露目も済ませておらず、貴族社会の中でも自分を知っている者は少ないというのに、このギルドの副長は一目で言い当てたのだ。


「失礼いたしました。ヒルデガルト・フォン・アルテンシュタットでございます。」改めて、ローブの裾を摘まみ、膝を深く折って正式な礼をしながらヒルデガルトは本名を名乗った。

「えっ!あなた、辺境伯のお嬢様だったの!」驚きで目を丸くしながら、デルマはまじまじとヒルデガルトの横顔を見つめた。

 育ちは良さそうだと思っていたが、よもや辺境伯の令嬢とは。ずいぶんと厳しく、無礼なことを言ったことを思い出し、デルマは冷や汗をかいていた。

「おいおい、先生。身許も確かめずにここに連れてきたのか?素材を見る目と霊薬を作る腕は一級品だが、人を見る目はまだまだだな。」そう言って副長はニヤリと口の端を持ち上げた。


「俺はこの組合の副長をしているゲルハルトだ。ゲルトと呼んでくれ。」野太い声で副長は名乗り、ジロリとヒルデガルトを見た。

「で、ヒルダ嬢ちゃんは何を探してんだい?」


 自身に向けられた無遠慮な口調と無遠慮な視線はヒルデガルトがこれまでの人生で出会ったことの無い粗野なものであったが、以前、祝祭の日に絡んできた酔っぱらいのようないやらしさはなく、どちらかというと好奇心に満ちたものだった。


「私は龍の素材を探しております。副長様におかれましては、それらを入手された冒険者の御一行や龍についてのお噂をご存じでしたら、ご紹介くださいませんでしょうか?」副長の威圧感を押し返すようにはっきりとした口調でヒルデガルトは来訪の目的を告げた。


「ほぉ。龍の素材ねぇ。」ヒルデガルトを見る副長の目が細くなった。

「辺境伯の親父さんに頼めば早いんじゃないか?何でわざわざ薬屋や冒険者組合に探しに来たんだ?」副長は射るような目でヒルデガルトの瞳を見つめた。

 上級貴族の娘が供も付けず、独りで希少な素材を探しているとは何とも奇妙な話だ。有力な軍事貴族であり、王太后の娘を娶ったアルテンシュタット辺境伯ほどの力があれば、冒険者組合など頼らずとも情報が手に入るのではないか?

 いや、情報どころか龍の素材そのものさえ手に入れられるのではないか?

 親にも言えないような企み、それこそ有力貴族の子息を呪うような良からぬ真似をするような娘にはとても見えないが、それにしても何か臭う。


「龍の素材を何に使うつもりだ?」

「私の大切なお友だちの力と記憶を取り戻すために、龍の素材が必要なのです。」

「ふむ。」ヒルデガルトの真剣な表情に、少しだけ副長の眼光の鋭さが緩んだが、まだ納得はしていないようだ。


「嬢ちゃんは龍の素材がどんな物で、どれだけの価値を持っているか知っているのか?」

「大変貴重というだけで詳しくは存じ上げておりませんでしたが、先ほどデルマ先生に教えていただきました。」

「龍の種類と部位によっては家どころか屋敷が建つ代物だ。ここにいる奴らももし龍がいたら命懸けで戦いを挑むだろう。積み重なった屍の向こうに巨万の富と名声が待ち受けているんだから当然だよな。」副長は組合の事務所内にたむろする冒険者たちをちらりと見た。

「嬢ちゃんは、簡単に龍の素材を探していると言うが、あいつらに命を懸けて獲ってきてくれと言えるだけの金を積めるのか?」

「それは・・・」副長の厳しい言葉にヒルデガルトは言葉を詰まらせる。


(あちゃー。ゲルト副長、厳しい過ぎだわ。この子、また泣かなければ良いけど。)副長がいちいち厳しい指摘を繰り出すのを、デルマはハラハラしながら観察していた。

自分の店で厳しく接してヒルデガルトを泣かせたのを棚に上げて。副長が全てを知っていたらデルマにそう毒づいたに違いない。


「私は親友と一緒に探すことを約束しました。ですので、ここで引き下がる訳には参りません。今ここで龍の素材が手に入らないとしても、高名な冒険者の方たちにそれを獲ってくるようにお願いできないとしても、龍の噂の一欠片でも手に入れたいのです。」しっかりと副長の目を見返しながら、ヒルデガルトは言った。それは副長に対して言ったのではなく、もしかしたら自分自身に言い聞かせた言葉なのかもしれない。


(この子、なかなか芯が強いわね。私の所で涙を見せたのは、私を騙して仕事の邪魔をして、迷惑をかけたのが申し訳なかったからかしら?もしそうなら少しは見込みがあるかもね。)庶民の迷惑など歯牙にも掛けない横暴な貴族も多い中、世間知らずで勝手なところはあるが、傲慢さは無さそうなヒルデガルトをデルマは少し見直した。


「ほぉ。その気概は誉めてやろう。だが、世間では情報もただじゃあない。有益な情報を手に入れようと思ったら、それなりの対価を支払わなくちゃならん。」

「情報にもお金が・・・」

「当たり前だろう。その情報を使って命が助かることもあれば、欲しい物が手に入ることもある。嬢ちゃんだって情報があれば龍の素材を手に入れられるかもしれんだろう?」

「確かにおっしゃるとおりですわ。」神妙な面持ちでヒルデガルトは副長の言葉を聞いている。


「もしお金をお支払すれば、今、副長様から龍の素材のお話を伺うことはできますでしょうか?」

「それは無理だな。」自分の質問を即座に否定した副長の顔をヒルデガルトは二度見返した。

「なぜなら、今、俺は何も情報を持っちゃいねえ。」なぜ?というヒルデガルトの表情に苦笑しながら副長は説明した。

「だが、嬢ちゃんが依頼人になって、この組合の冒険者に情報収集を依頼することはできる。龍と戦うわけじゃねえから、素材集めよりは依頼料も安いが、その後、親父さんの騎士団に戦ってもらうか、自分自身で戦うかしなければ、龍の素材は手に入らねえ。」

「副長様が私の立場でしたら、どうなさいますか?」

「俺?俺なら自分で探す。俺は元々、冒険者だからどちらかというと嬢ちゃんの依頼を受ける側だしな。そもそも龍の素材みたいな希少な物を探すのは、よっぽど信頼できる奴らにしか頼めねえ。下手をすれば龍に返り討ちにされるし、よしんば龍を倒したとしても素材を持ち逃げされるのがオチだ。それなら自分の足で龍を探し、生死を共にした信頼できる仲間と一緒に龍と戦う。」かつて仲間たちと戦いに明け暮れた日々を思い出し、副長は遠い目をしながら応えた。


「信頼できる仲間・・・」エオストレと出会ったとき、その白銀の古龍が「ほかの人間を巻き込むのは心配。人間は欲に目が眩むとすぐに裏切るから。」と言っていたのをヒルデガルトは思い出した。何の縁も無く、素性も知れない冒険者はこの「ほかの人間」の最たるものだろう。


「信頼できる仲間・・・」もう一度ヒルデガルトは呟いた。自分にとって信頼できる人間といえば、家族、執事のオットー、侍女のハンナ、友人のエレオノーラくらいしか思い浮かばない。龍の体を探す仲間として最も信頼できるのは白銀のエオストレであろう。

 そう考えると「信頼できる仲間」と答えられる副長がすごくうらやましい。ヒルデガルト自身は、15年も生きてきて、家族を除いて片手に足りない人間と一頭の龍しか心から信頼できる相手がいないのだから。

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