12月15日
百万円で何ができるのか、と僕は想像してみた。十円の駄菓子なら十万個、五百円の文庫本なら二千冊、二十五万円の海外旅行なら四回。しかしいくら計算してみたところで、一歩たりとも前には進めなかった。百万円は一つの総体としてそこに君臨し、還元による分析も理解も許さないように見えた。
僕はもう一度便箋を手にとって、最初から読み通した。これで四回目だ。
「何がどうあろうと、この百万円を使い切ったら僕は死にます。」
僕は彼が自ら命を絶つところを想像してみた。死ぬことは簡単なことではない。一人の自殺者の背後には十人二十人の自殺未遂者がいる。でも彼ならうまくやれるだろうという気がした。やると決めたことに関しては、彼は本当に頭が切れた。僕が半年間勉強しても落第した大学院の入学試験を、彼は一か月かおそらくはもっと短い期間で対策して合格した。今度の倍率が十倍二十倍だろうと、何がどうあろうと、彼は最後までやり通すはずだ。
スマホが鳴った。
電力会社の管轄地域の変更に伴い、請求元の会社名が変わるという話だった。ご使用になられている電気の品質や料金が変わることはございません、とオペレーターが言った。それなら何の文句もなかった。
「以上のご案内で何かご不明な点はございますか?」とオペレーターが言った。
「いいえ」と僕は一拍おいてから言った。「少し個人的な質問ですが、百万円があったとしたら何に使いますか?」
深淵のような間があった。
「申し訳ありません。ご案内の中で、何かご不明な点はございましたか?」
「これはとても重要なことなんです。百万円があったとしたら何に使いますか?」
「申し訳ありません。そのようなご質問にはお答えできません。ご不明点がなければ、ご案内は以上とさせていただきます」
でも、と僕が口に出した途端、電話が切れた。
百万円もあれば、十年分の電気代は優に払える。十年。彼がその百万円を使うのに十年もかかればどんなにいいだろう、と僕は思った。スマホを握りしめたまま、僕は涙が止まらなくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます