11月26日

 死について語ろうとすると、僕はどうしても言葉の一つも出てこなくなってしまう。健全な人間は日頃から死ぬことについて考えるという。僕だってそのような凡人の一人にはちがいないが、いざ自分の外に伝える段階になると、形あるものはすべからく昇華するように跡形もなく消え去ってしまう。

 そういうわけで、僕は代わりにより具体的なものについて語ろうと思う。具体性によって物事がいくぶんでも容易になることを期待しているが、もちろん真逆の可能性もある。そうだとしても許してほしい。僕にできることは非常に限られている。


 大学二年生の春、僕は蚕を三匹育てた。一緒に上京した友人の大学の学園祭に誘われて、そこで教授が配っていた蚕をもらった。

 「本当は小学生とかにあげるんだけどね、ほしいならいいよ」と教授が言った。

 実のところ、僕はほしいとは一言も口にしなかった。それで、僕は三匹の蚕と数枚の桑の葉を入れた紙コップを握りしめていた。その足で百均に駆け込み、カブトムシとクワガタムシ用の昆虫ケースを買った。

 生活圏内で桑の葉を確保するのには苦労した。結局、大学のキャンパスを何周もしたあげく、図書館裏の緑地に桑の木を数本見つけた。思っていたよりも背が低かったが、葉の裏を指でなぞってみるとざらざらしていたので、おおよそ間違いないと思った。この見分け方は例の教授の口伝だった。

 それから毎日、僕は学校の帰り際に桑の葉を何枚か摘んでリュックの外側のポケットに詰め込み、家に帰ると昆虫ケースの中に残っている葉の残骸と大量の糞を捨て、新しい葉に取り替えた。このような生活がだいたい二週間くらい続いた。

 昼も夜も、僕の頭の中は三匹の蚕でいっぱいだった。それぞれを見分けることもできなかったので、名前はつけなかった。多分愛着のようなものはなかった。ちらっと目を向ける分には可愛かったが、じっと見つめると背中がぞくぞくした。育ててどうするのかもわからなかったが、それでも僕は心血を注いでそれらに尽くした。授業中も上の空だったし、サークルにも顔を出さなかった。

 繭をつくる数日前から、蚕たちはものすごい勢いで葉を食べ始めた。激増した食量に応えるため、僕は毎日大きめの桑の葉を十枚以上持ち帰った。その小さな体のどこにそれほど莫大なエネルギーが秘められているのか、僕は不思議でならなかった。一世一代の大舞台が控えていることを考えると、妙に気持ちが高ぶった。リオデジャネイロオリンピックもサッカーワールドカップも、一匹の蚕に比べれば取るに足らないように思われた。

 最初で最後の尿。それが合図だった。もらったときより一回りも二回りも大きくなった体から、かろうじて見える細さの糸が紡ぎ出された。僕は蚕たちをトイレットペーパーの芯を短く切った個室に移した。僕にはもうできることはなかった。ただ朝晩吐糸の進捗を確認し、密かにエールを送った。蚕たちは一心不乱に、休むこともなくただただ糸を吐き続けた。

 立派な繭ができると、僕はハサミで慎重に切れ目を入れて、中身だけをケースに取り出した。程なくして三匹とも羽化した。

 オスが二匹でメスが一匹だったのか、メスが二匹でオスが一匹だったのか、とにかく二匹が絶えず交尾していて、一匹が隅でじっとしていた。蛾のオスとメスの見分け方を僕は知らなかった。三匹のうち誰に感情移入したのか、自分でもよくわからないままに、僕はひどく悲しくなった。あるいはただ、透明なケースが何百個もの黒ずんだ卵に埋め尽くされていくことが耐え難かっただけなのかもしれない。

 しばらくして、三匹とも動かなくなった。僕はケースごと燃えるごみに出した。三つの繭は大切に保管した。二つが白色で、一つが黄色だった。たまに手にとって眺めた。


 彼が大学を退学したという知らせを聞いたのは、それから約一年後のことだった。彼自身は僕に何も伝えなかった。相談も、報告もなかった。だからといって僕が腹を立てているわけではない。結局のところ、それは彼の選択なのだ。

 実は彼が自殺したのではないかという噂も流れたが、僕は大して気にならなかった。いずれにせよ彼にはもう会えない。蛾はもう葉を食べない。それはあらかじめ決まっていることだった。

 繭は引っ越しのときに失くした。新しい家で、僕はダンボールを一つ残らずひっくり返して、部屋中にものを散らばらせながら繭を探した。一通りして見つからないと、もう一度全部のものを手にとって探した。それを何度も何度も繰り返した。いつのまにか僕は泣いていた。どうしても息が苦しくなってから、やっと手を止めた。


 蚕を育てたことを事細かに語ったのには、個人的な理由がある。養蚕に詳しい人がいれば、ぜひ教えてほしい。大学二年生の春、僕はいったい何を間違えたのだろうか?

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