10月16日

 「どうして上海に来たの?」

 「進学」

 「大学?」

 「うん」

 「だから頭いいんだ」

 「いや」

 「だって頭よくなかったら大学には行けないでしょ」

 「頑張って勉強した。反復練習」

 「それで受かったの?」

 「一年間くらいやってた」

 「そう。たしかに頭はあんまりよくないみたいね。知ってる? みんながみんな頑張れば大学にいけるわけじゃないんだよ。でもまあいいや。お説教しにきたわけじゃないし。ほら、あなたのを聞かせてよ」

 「僕の?」

 「そうだよ、あなたの人生。もちろん何もかもを話す必要はないけど。好きなこととか、大事なこととか、そういうのを切り取ってつなぎ合わせて、自伝を書くみたいな感じで。嘘さえつかなければ、なんでもいいよ」

 僕はしばらく考えてみたが、本当のところ好きな出来事も、大事な出来事もないことを発見しただけだった。

 「大事なことなんてないよ」

 「絶対あるよ。歴史のない人なんていない。よく考えてみて」

 僕はよく考えてみたが、結論は変わらなかった。

 「ごめんなさい。本当に思いつかないんだ」

 僕はほとんど泣きそうになっていた。

 「わかった、じゃあこうしよう。私が質問するから、答えて。いい?」

 僕はうなずいた。

 「どうして大学に行くの?」

 「わ、わからない」

 「どうしてわたしを買ったの?」

 「きれい、だって、思ったから」

 彼女は声を出して笑った。それは僕をますますやりきれない気持ちにさせた。

 「じゃあさ、ちょっとまとめると」

 彼女はまだ笑っていた。

 「あなたは目的もなく、頭もよくないけど、一年間努力して大学に行った。そして女を買った。きれいだと思ったから。そういうこと?」

 彼女は僕を見つめていた。僕はうなずくことしかできなかった。

 「よく覚えておいて。今度あなたのを聞いてくる人がいたら、これを言ってやるんだよ。わかった?」

 「わかった」

 「本当? ちゃんと覚えた?」

 「うん。僕は頭がいいわけじゃないし、目的もなく――」

 「いい、いい。繰り返さなくても。もう時間過ぎちゃってるから、帰るね。何か聞きたいことはある?」

 僕は考えてみた。突然、自分が彼女に同情していることに気づいた。

 「僕はどうして君に同情しているんだろう?」

 彼女はあっけにとられて、しばらく固まっていた。唇だけが震えていた。

 「あなた、本当に頭が悪いのね」

 それで彼女は出ていった。

 僕は何かを考えるべきだと思った。おそらく彼女についての何かを。しかし僕は何を考えるべきなのかわからなかった。彼女が僕の中身をまるごとすくい取ってしまったような気がした。僕は風船のように空っぽだった。風が吹けば、どこにでも。僕は急にこわくなった。彼女に僕の中身を返してほしいと思った。でも彼女がどこに行ったのかはわからなかった。連絡先もなかった。漂っていると、夢のない眠りにおちた。

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