7月10日
バイト先で飲み会があった。
案の定まったくおもしろくなかった。この人かその人かあの人の、仕事か学業か恋愛の話ばっかりだった。当たり障りのない近況報告には当たり障りのない相づちを、求めてもいない相談には求められてもいない助言を。挙句の果てにはゲーム性のないゲームが始まってしまった。それならよく晴れた日に穴を掘ってまた埋めていたほうがまだマシだ。
さすがに耐え難くなり、そろそろ帰ろうかと思っていたところ、一人の先輩に誘われた。
「二人で少し飲まない?」
それで僕はいま、渋谷のラウンジでジントニックを飲んでいる。隣りにいる先輩の飲み物の名前は忘れた。そのラウンジは高いビルのレストランフロアの一つ上の階にあって、窓からはスクランブル交差点がよく見える。
「渋谷にこんな場所があるなんて思ってもいませんでした」
「いいでしょ。たまに来るんだ」
「いいですね。景色もきれいです」
「もう少し早い時間だと、スクランブル交差点にももっと人がいて、それが結構見応えあるんだよ。俺はね、あそこを爆破してやりたいんだ」
「爆破、ですか?」
「そう。あの交差点にでっかい爆弾を仕掛けて、それがごった返す群衆の中で爆発する。そんなことを想像しながらだとここで一時間も二時間も時間をつぶせる」
「いいですね」
「さすが。わかってくれると思ったよ」
なるほど、と僕は思った。先輩が飲み会を抜け出した理由と、わざわざ僕を飲みに誘った理由だ。
「こう言うと変ですけど、飲み会ってあんまり楽しくないですよね」
「まったくね。あんなことより、静かな夜にマッチを擦って、火が燃えては消えるのを眺めているほうがマシ。ほら、なんか、線香花火みたいに」
「僕ならよく晴れた日に穴を掘っては埋めます」
「え、掘って埋める、それだけ?」
「はい」
「それって楽しいの?」
そう言いつつ、いかにも楽しそうな表情をしている。
「まあ、マッチを見ているだけよりは?」
なるほど、と先輩は嬉しそうに言った。
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