7月7日
以前は毎日スパゲッティを茹でていたが、最近は気が向いたときにしか茹でなくなった。いくぶん暇な時間があって、ずっと前から気になっていた風呂場のカビを掃除したり、期限が二日後に迫っている公共料金の支払いをしたりする必要がないときにだけ、僕はスパゲッティを茹でるようになった。
なにせスパゲッティを茹でるのは苦しいことであってはならないのだ。僕がスパゲッティを茹でるのは、食べるわけでも振る舞うわけでもなく、自分のアイデンティティのためである。アイデンティティを織りなす糸が苦しみや憎しみに染まってはならない。だから、無理にではなく、ゆとりがあるときに限ってスパゲッティを茹でるのは、我ながらよい判断だと思う。
スパゲッティを茹でること自体、時間の無駄ではないかと君は言うかもしれない。そういった人は二種類いて、行為の無駄性を主張する人と目的の無駄性を主張する人だ。前者には一生にわたって炭水化物抜きダイエットをしてほしいと思うし、後者には現実世界のノンプレイヤーキャラクターとしていつも同じセリフを繰り返してほしいと思う。
もちろん僕が茹でるスパゲッティは、一般にスパゲッティを茹でる人が茹でるスパゲッティとはちがう。それは腹を満たすこともできないし、誰かを喜ばせることもできない。それでも僕はスパゲッティを茹でなければならないのだ。僕の頭の中には変な寄生虫がいて、そのせいで僕はスパゲッティを茹でるよう強制されている。たとえば、そう考えてもらってもかまわない。
そういうわけで、僕は今日もスパゲッティを茹でている。沸騰したお湯の中で踊るスパゲッティに自分の存在価値を見出している。ちなみに、スパゲッティを茹でていることは恋人には内緒にしている。僕はいつまでもどこまでも、自分だけのために自分だけのスパゲッティを茹でたいのだ。
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