6月29日

 部屋に迷い込んできた虫はいつも、君に罪はないし、僕にも罪はない、と思いながら殺すようにしている。できるだけ苦痛を与えることなく、理想的には死の到来を自覚させることもなく、手を下すようにしている。

 虫たちがやってくるのは決まって同じ季節だ。どっと、やってくる。内外をへだてるサッシはいったいなにをしているのだと、毎年同じような愚痴をこぼす。虫たちは、たいてい若々しく、生命力に満ちあふれている。しかし虫たちのすることといえば、この部屋を落ちぶれさせることしかないということを僕は重々承知している。だから、間髪入れずに殺す。

 虫たちが殺されたことを知れば、虫たちの家族が黙っていないだろう。でも僕に何ができるというのだ。僕は守られている。窓に、サッシに、この部屋全体に。正義はいつだって僕のほうにある。虫たちが署名活動をしようとデモをしようと、いっそのことクーデターを起こそうと、僕は部屋の中でのんびり本でも読んでいればよい。最悪な場合でも、適当な殺虫剤をばらまけばくまでだ。

 恨むなら、虫に生まれたことを恨めばいい。虫に生まれたことは君たちの責任ではない。同じように、君たち虫を殺す人間に生まれたことも、僕の責任ではない。このごろ、虫と人間は同じ生き物うんぬんを、恥ずかしげもなくわめき散らす者がいるが、そういう人は虫に全身を這い回られ伝染病の複合症状で死んでしまえばいい。僕は虫を殺して生き延びる。それが人間に生まれたということだ。

――『軍事監獄中の手記』

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