6月25日

 最近読んだ小説の話をする。賛否両論なベストセラーだった。平易な文体で起伏のない物語が綴られていく。その過程での、小さな描写、小さな台詞、小さな哲学を楽しむ。そういった類の文章だった。

 僕はその小説がとても好きだった。特に主人公が違法風俗店で働く女に倫理を説こうとする場面が気に入った。それはまるでフロントエンドエンジニアに代数幾何学を教えようとするようなものだった。代数幾何学が不用ななのか? そうではない。ただ、フロントエンドエンジニアが熱心に代数幾何学を学んでいるあいだに、きっと社員名簿から彼の名前が消されるだけのことだ。

 もちろんどんな文章にも不満な点はある。そのような難癖をつけることに関しては、僕は少しばかりの自信がある。端的にいえば、その小説はご都合主義が過ぎるのだ。偶然では片づけられない出来事が立て続けに起こり、物語のための物語という印象を拭えない。とはいえ、実際の人生だって同じようなものかもしれない。ご都合主義という批判を懸念しなくてよいのは、神様の特権の一つだろう。

 小説の題名を挙げることは控えようと思う。君がその小説を読んで気に入らなかったとしたら、きっとお互い悲しい気持ちになるからだ。少なくとも僕は悲しい気持ちになるだろう。その代わり、もしも君がいつか心の底から好きだといえる小説を読んで、その特徴がここに書かれていることとどことなく合致したのなら、この話はすべてその小説についてのものだと思ってほしい。

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