6月26日

 急に暑くなったその日に、アシカはうちにやってきた。大量のメダルと表彰楯とともにやってきた。

 「いやあ、いきなり暑くなっちゃってね、まったく、困っちゃうよ」

 アシカは勝手に冷房の温度を二十四度に下げて、床に寝転んだ。

 「暑いのはきらいなの?」

 「そりゃそうさ、暑いのがすきなアシカはいない、たぶん人間もいないだろ」

 僕も暑いのは苦手なので、異論はなかった。

 「この荷物たちはなに?」

 「過去の栄光さ」

 「できればどけておいてほしいんだけど」

 実際その荷物たちのために、ただでさえ狭い部屋がいよいよ息苦しいほどに狭く感じられた。

 「あのな、アシカにはアシカの競争があってだね、これたちはみんなその結果さ、こう見えても俺はアシカのエリートだったんだよ、まあ、昔の話だけどね」

 「だから、やるだけやってうちに来たの?」

 こう見えても僕はアシカの生態には少し詳しかった。

 「昔だって言ったろ昔だって、今年はだれともやれなかったさ、わかるだろ、そもそもさ、アシカの社会ではな、ひと握りのエリートじゃなくてな、たったひとりのエリートが全部やっちまうんだ、君たち人間よりもずっと大変なんだよ、わかるか、あいつひとりが全部やっちまうんだ」

 わかる、と僕は言った。僕は少しばかりアシカに同情せざるをえなかった。僕がアシカだったら、きっと一生だれともやれないだろうから。

 「じゃあどうしてこの荷物たちを持ってきたの?」

 「質問がえらい多いな君は、気休めだよ、気休め」

 「アシカにも気休めが必要なの?」

 「ああ、アシカにだって自尊心はあるさ、君たちに負けずとも劣らず」

 「いつまでいるの?」

 「涼しくなったら言われなくとも出ていくさ」

 そう言われれば僕も文句はなかった。

 それから、カプセルホテルくらいの空間での僕の暮らしがしばらく続いた。些細な出来事や些細ではない出来事があった。そして木枯らしが吹いたその日に、アシカはうちを去った。

 「ありがとうね、本当はアシカのところに戻りたくなんかないんだけどさ、君にもずっと迷惑かけるわけにはいかないしね」

 「いいよ。できれば今度は荷物を少なめにしてくれると助かるけど」

 「ああ、これたちは、そろそろ捨てることにするよ、俺はもうエリートじゃないからね」

 「僕だってエリートじゃない」

 「君は人間だからいいさ、アシカの苦労はわかりっこない」

 「そうかもしれない」

 アシカはさよならを言い、僕もさよならと言った。僕はアシカの競争もアシカの苦労もわからないけれど、来年も再来年もアシカがやってこないことを願っている。なんといってもこの部屋はアシカと暮らすには狭すぎるから。

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