3-2 上昇

 引っ越してからは、ツバサと会う時間が減った。でも、傷跡がツバサとボクとをつないでくれているし、チャットで話すこともできたから、あまり苦にならなかった。

 傷跡は、引っ越し先でも、ボクを助けてくれた。合気道では、相手をひるませる役に立ったし、学校の女子グループの子たちは、ほっぺたにワイルドな傷跡があるボクを好いてくれた。おかげで、高校を卒業するまで、お昼のおかずにも、バレンタインデーのチョコレートにも、困らない暮らしを送れた。

 あの日から、ツバサも変わった。ツバサは、チャットで、ボクに話してくれていたようなお話をタブレットに書きとめていると教えてくれた。書きとめる理由を聞くと、ツバサは、いつも決まって誤魔化した。

 久しぶりにツバサと会ったときに、ツバサを背中から締め上げたら、ツバサは、顔を真っ赤にして、賞に応募して作家を目指すことを自白した。賞を獲りたい理由は、答えてくれなかった。

 作家になりたい理由は、結局わからなかったけれど、ツバサならきっと、みんなの心を優しくする小説で賞を獲るのだろうと思った。


 やがて、ボクは、ツバサと住んでいた町で、警備会社を立ち上げた。ツバサは、新人賞を獲って小説家としてデビューした。

 ボクの会社では、顔写真で家族とそれ以外とを区別する警備カメラではなく、動きと体格で区別する新しい警備カメラを採用した。

 その方針が当たって、ボクの会社は大きくなり、ボクは、どこに出ても恥ずかしくない若手実業家を名乗れるようになった。

 あの日ツバサを守った経験が、ボクに成功をもたらしてくれた。

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