第36話 ベートーベン「月光」と「シャアが来る」

 合唱部は旧音楽室で行われていたことは前に述べた。旧音楽室の前面にはピアノが置かれたステージがあり、発声練習や上体起こしの場所として使われていた。ステージの端には掃除用具置き場として使われていた物置があり、私は練習開始前の時間、よく中に籠もっていた。物置には明かりもなく、ドアの下の隙間から外の明かりが入るだけだ。ピアノ担当の上級生がよくベートーベンの「月光」を奏でており、私はピアノを聞きながら空想にふけったり、夜の布団の中と同じように台詞のやりとりをしていた。


 物置のそばには、レコードプレーヤーの乗った台が置かれていた。合唱部のパート練習等はラジカセでカセットテープを再生するので、部活でレコードを使うことはほとんどなかった。

 私が合唱部に入って間もなく、部室に入るとレコードプレーヤーから歌が流れていた。『機動戦士ガンダム』の挿入歌、ほり光一路こういちろ「シャアが来る」だ。私は『ガンダム』をTV放送された劇場版三部作しか見ておらず、TVの挿入歌だったこの曲は全く知らなかった。

 戦場でシャアと対峙する兵士の視点からという井荻いおぎりん(富野とみの由悠季よしゆきのペンネーム)の歌詞、渡辺わたなべ岳夫たけおの躍動感あふれるメロディアスな曲に私はひどく引きつけられた。

 レコードを持ち込んだのは合唱部でも浮き気味だったアニメファンの上級生たちだった。「シャアが来る」に興味を持った私は上級生たちに気に入られたようで、卒業まで気にかけてもらえたが、元々他の部員からは浮いていた人たちだったので、他の部員との仲は深まらなかった。


 部員の関係は良好だったが、一度だけ騒動が起こったことがある。ある日部室にやや遅れて入った私が見たのは、上級生たちの前に下級生たちが正座している姿だった。理由はよく分からないが、上級生と下級生のけじめを付けるためこのような行為に及んだらしい。そのまま説教会状態になったところに顧問が到着し、私たちを一喝したため説教会は終わった。


 顧問は時々中途入部者を連れてきた。部員補充とともに、部活に入っていない生徒の居場所作りを兼ねていたようだ。しかし、私と仲の悪かった女性クラスメイトたちが入部したことから、事態は一変した。もともと不良っぽい彼女たちと私は互いにうまが合わず、トイレに逃げ込んでも個室に掃除モップを投げ込まれたりと嫌がらせされ、合唱部は安寧の場所ではなくなってしまった。

 この状況が変わったのは、ある悲しい出来事が起こったためだ。次回はその話をしたい。

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