第4話 ボーカロイドと就職
もう一つ、Xの心を奪うものがあった。ボーカロイドだ。人間の声とかけ離れたボーカロイドの歌声に恋をした。鼓膜が破れるくらいの音量でボーカロイドを聞くのが日課になっていた。
これはXの「非人間化」が進んでいる事を意味していた。男性は女性と性交することで子孫を残す。これが人間の定めだ。Xがこの世に生まれてきたのも同じ理由だ。だがXは女性と関わる事をあきらめている。彼には人間らしさは残っていない。そして、ボーカロイドという機械音に恋をした。生物でないものに恋をする事しかできない。
もう、自分は人間でないのかもしれない。
その事にXが気付いたのは大学を卒業する頃であった。
就職には困った。Xにとって大学は、留年・退学にならない程度の成績を残す為の場所であった。大学の授業以外で活動していたものはバイトだけであり、面接の時に強調できる活動が無かった。よって、有名大学を卒業したにも関わらず、就職したのは知名度のない中企業であった。
会社員になると、最早父親という存在を忘れていた。母親には就職した事を電話で連絡した。母親は、Xが大学を卒業すると引きこもりになると思っており、就職した、という連絡を聞いて飛び上がった。入試合格よりも喜ばしい事であった。そして父は、涙を流して喜んだ。いくら「アニメオタク」とはいえ、自分の息子だ。社会人として生きるようになったのが嬉しかった。だが「おめでとう」の一言すら言えない。息子との距離を広げる原因を作ってしまったのは自分なのだから。
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