四つ目の選択


『左か、右か』

「右だ」

『理由は』

「うるせェな知らねェよ右側こっちの方が面白そうだからだ」


 いい加減答えるのも鬱陶しくなってきた鬼神は適当に答える。

 再びの白い部屋。ただし今度は左右で湿度の違いがあった。左は湿り気を帯びているが、右はカラカラに乾いている。

 それが何を意味するのかはわからないが、純粋に鬼神の感覚は左に陽気を、右に陰気を感じ取っている。

 陽気とはすなわち活力。生命の放つ輝き。

 何がいるのか気にはなるが、感じる限り生命の波動はそれほど大きくはない。何らかの生物がいたとしても鬼神を脅かすほどのものではない。

 であればその真逆。死に通ずる陰気を放つ右を選ぶは道理。

「死の気配も弱いんだがなぁ……こりゃ死体やらに細工がしてあるやつとかじゃねェの」

 不満げにぼやきつつ、時間が惜しいとばかりに鬼神は右の面に設置されている乾いたドアをくぐった。




     ーーーーー


「おいふざけんじゃねェぞ」


 倒れた死体の頭を踏み潰し、鬼神はうんざりした声色を上げた。

「弱ェ。気晴らしにも憂さ晴らしにも足りねェぞ。どうすんだこれ」

 ドアを超え踏み入れた先は薄暗い地下迷宮。進む通路の奥からは無尽蔵に思えるほどの数で腐敗した動く死体やインプが押し寄せてきているが、鬼神の腕力に押し返されるばかり。落とし穴などのトラップもこれ幸いとばかりに足で破壊し階下への近道に使われる有様。

「まさかこんなんで消耗狙ってるつもりか?百億来ても疲れらんねェぞこれじゃァよ!」

 ビキ、ミシリ。と。

 頭上に掲げた右腕から軋む音。それなりの力で握り込んだ拳を豪速で振り落とし地面に叩きつける。

「違反か?こりゃ」

『可』

「おっしゃ」

 通路ごと数十メートルに渡るクレーターを発生させた鬼神は落下の最中に今更ながらにチップのデーモンへ確認を取る。

 迷宮を破壊して最深部を目指す手段は有効らしい。

 そも、それを悪魔が想定の内に入れていたのかどうかは怪しいところではあるが。




     ーーーーー

 大扉を蹴り壊し、鬼神はそれまでの狭苦しい迷路のような場所から解放されたことに気付き足を止める。

「最深部はここか?」

 明らかに広さがこれまでの侵入者を惑わせようとする仕組みとは違うことを物語っていた。その程度には面積を確保された大部屋の最奥。強力な封印を施された扉が目に入る。

 同時に、それより手前に据えられた二枚の姿鏡も。

「で、二択は?」

『どちらかの鏡を破壊し、残った鏡から解放された対象を打ち倒すことが出来たのなら、次への選択を認める』

「打ち倒す。いいね、ようやくか」

 着流しに付着した埃を片手で払いつつ部屋の中央へ向かう。

 向かい合わせになっている鏡はそれぞれ白と黒で縁取りされていた。両方とも放つ気配が違う。

(黒枠…は同族か?それなりだな)

 気配は対照的に負と正を纏っている。黒い縁取りの鏡からは人外こちら寄りの気を捉えた。

 黒い縁取り鏡を魔とするなら白い縁取りの鏡は聖。人ならざるものを討ち払う根源的な敵対者。

 鬼神は自分にとってより辛く難しい側を選ぶ。

 その方が面白いたのしいから。

「悪ィな。また今度遊ぼうぜ」

 無邪気に笑って言って、鬼神は小突くように黒い縁取りの鏡面を叩く。それだけで鏡は罅割れ粉砕してしまった。

 それを待ち侘びていたかのように、逆側白い縁取りの鏡が強く発光する。

「ク、カカッ!」

 閃光の中から現れた複数の影を認め、鬼神は目を見開き破顔大笑。

 二足を駆るその姿は四。

 鬼の神が何よりも愛し、憎み、脅威としている種族。最強の漢を数々の権謀術数によって絡め殺した偉大なる最弱種。


「―――人間か!!」


 強烈な闘気が地面を穿ち、鬼神は歓喜に打ち震える。

 これでこそ。らしくもなく尻尾を振って必死に『待て』を堪えた甲斐もあるというもの。

 さあ。さあ。


「存分に!殺し合おう!!」

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