三つ目の選択
宝石のドアを開けた先、代り映えのしない純白の部屋をぐるりと見回して、鼻をひとつ鳴らす。
「おい、デーモンとかいうの」
摘まんでいた硬貨を放り投げると、ゆったりとした曲線を描いて中央のテーブルにカィンと小気味のいい金属音を鳴らして二度跳ねた。
「説明しろ。どっちが、なんだ?」
手荒い扱いにも不平不満を漏らさず、上面になった牙を覗かせる口が次なる選択を迫る。
テーブルに落ちたチップのデーモンの左右には色違いの封筒が二つ用意されていた。
『赤は「寿命」、青は「死因」。どちらかを開き、読んだ時点で行く末は変動する』
「なんでお前らが俺の寿命だの死因だのを知ってんだよ」
『…………』
「…そォかい」
チップのデーモンは必要最低限の情報しか開示しないが、問われたことには嘘偽りなく答えている。その解答が沈黙ということは末端の悪魔には答える権利が無いか、あるいは単純に知らないのだろう。
「さてさて」
正直どっちも興味が無い。
人であれ鬼であれいつかは死ぬものだ。とはいえ鬼神にはこれといって生存活動の上限はない。老衰があり得ない鬼にとっては『寿命』に書かれている日時は『死因』で殺される日と合致するはずだ。
…と考えていたが。
「違うな」
またしても臆せずテーブルの前まで歩き寄り、鬼神はひったくるように青色の封筒を手に取った。
『理由を』
「誰にどうやって殺されるか。まったく楽しみでしょうがねェよな。だからこんなくだらねェところで知りたくはない。だが」
爪で封筒の上辺を切り取り、中身を引っ張り出す。
折り畳まれた紙の中央に記載されていたそれを読み込み、鬼神は予想の的中を確信した。
「俺はもう死んでっからなァ。書かれた死因は幸いにも
人にして鬼の如き強大さで当時の京を震撼させた最凶の大盗賊。死してなおその畏怖、恐怖を搔き集め顕現したのが酒飲みの鬼人。その後に多くの鬼達からの信仰と畏敬を集積していった結果新生したものが今の鬼神だ。
だから書かれているのは、正確には鬼神としてのより前の、実在したとある盗賊の末路。
「とは言えあんま気持ちの良いモンじゃねェわな。騙されて毒酒を飲まされた挙句に首を断ち切られてお陀仏。…それを、知った風な
『……』
今度の沈黙は答える権利云々とは関係のないところにあった。
答え方を間違えて死にたくはない。無数にあるチップのデーモン達であれ個々の自我はある。事務的に冷静に答えを返すことは出来るが、それで粉々に破壊されてしまえばそれまでだ。たとえ鬼神も脱出不能に追い込むことが出来たとしても、そこまでをして心中するほどの覚悟もなければ義理もない。
あくまでもチップのデーモンは案内人としての任を果たすのみ。
『選択は完了した。次へ』
「聞き損ねてたが、デーモン」
ひとりでに燃えた赤色の封筒を横目に、再び硬貨を摘まみ上げた鬼神は飄々とした様子のまま気になっていた疑問をひとつ投げてみる。
「この選択の最奥には何がある?まさかこんなしょうもない選択をし続けるだけじゃあるめェ」
『選択の最後には、それまでの選択に応じた形で悪魔が配置されている。それを打ち倒すことで願いの成就へ至る』
「そうか」
途端、鬼神はニィと不敵に笑う。
それならば、まだ待とう。
鬼らしくぶち壊すのも。
鬼らしくブチ殺すのも。
それまでの辛抱だ。
「頼むから四肢のどれかを千切り飛ばせるくらいの奴を寄越してくれよ。じゃなきゃ割に合わんぜ、この『待て』はよ」
ひとり呟き、鬼神は次のドアを開け放った。
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