鬼を殺すもの


 全制限解除、身体能力向上。強化バフをありったけ、自動回復リジェネまで掛けた。

 鏡から解放された一行、その先陣を切る勇者が三秒間の内に行った離れ業である。


(悪魔…悪魔め!なんてものと引き合わせてくれた!)


 現出してから一秒で敵を見定め、さらに一秒でその脅威に驚愕し、次の一秒で自身の持ち得る全ての性能を解放させた。

 角の生えた怪物。その威容、神威にすら似た圧力は彼ら四人がかつて討滅した魔王をすら凌駕する。

 世界最強のパーティー。人界を救った英雄。そのリーダーたる勇者は噴き出る汗を散らし真っ先に鬼へと飛び掛かった。

 会話は要らない。彼ら四人はもはや言葉での連携など必要とせぬほどの絆と信頼を得るだけの年月を共にしてきているのだから。

 抜剣。魔を調伏する伝説の剣はいかなるものも両断する。

 そのはず、であった。

「いい剣だ。盾も、鎧も」

 信じられない光景を眼前で見せつけられる。

 最強の使い手が操る最強の刃を、あろうことか、素手で。

 鬼は腕の一振りで払ってみせた。

「怪物が…ッ」

「応さ。自覚はある」

 眼にも止まらぬ四連斬。その全てを叩き落とされる。

 見たこともない流派、技術。そんなものではない。

 ただ、子供の振るう棒切れをぺしりと除けるような手軽さで鬼は人間の卓越され練磨され研鑽された剣術を捻じ伏せる。

「悪くねェな。大抵剣が良くても扱う人間の方が不足してるもんだが」

「舐めるな」

 憤りを隠せぬ声色は背後から。魔法使いの補助を受けて一足遅く飛び出た戦士の大戦斧が鬼の横腹を捉える。

「カカ、褒めてるつもりだが。どいつもこいつも真正直に受け取らねェな」

 大重量に加え、人の膂力を超えた一振り。鬼の肢体に負けず劣らずの図体から出力される薙ぎは魔王の配下たる巨人すらも空に浮かせたほど。

「チィ!」

 が、効かない。寸前で差し挟まれた掌が斧の勢いを殺し切り止めていた。

「合わせろ!」

 言われずとも。勇者の声に無言で応じ、前後から猛撃を繰り出す。

「いいな。いいなァお前らは!!」

 洗練された勇者の剣撃と、その速度に追いつくほどの大戦斧の重撃。共に常識の埒外にある二種の攻撃をいなし、躱し、受け弾くこの鬼もまた埒外。

 数秒に渡る超近接戦は金属の割れる音をもって崩れる。

「ぐう!」

 戦士の被っていた兜が砕け、こめかみから鮮血が散る。鬼の拳が掠った。

 擦過でこの有様。直撃すれば原型は留めまい。

「おら、もう終いか?」

 仰け反った戦士へと追撃の拳が迫る。

「―――!!」

 間際。勇者の手から放たれた突風が戦士の身体を攫い真後ろへと吹き飛ばした。

「器用だな。法術まで会得してんのか」

 獲物を失った拳は振り向き様に勇者へと。全力のバックステップも間に合わず、しかし照準のブレた拳は勇者の右脇腹を抉るだけで終わる。

 激痛に顔が歪むが、これでいい。

 戦士・勇者、双方怪物から離れたこの瞬間を、魔法使いは魔力を練り上げ続けながらに待っていた。無論、それをわかった上でのこの選択だ。

「燃え尽きろ…!」

 杖を掲げる魔法使いの術式が起動し、鬼の直上から圧縮された火焔の礫が幾百と降り注いだ。

「勇者様!手当を!」

「傷はいい、自力で治せる!それより強化の重ね掛けを頼む!」

 僧侶ヒーラーとしての心得もある勇者は抉られた脇腹へと治癒の術を掛けつつ、駆け寄ってきた少女へとさらなる強化を指示する。正直言ってこれ以上の重ね掛けは反動のリスクが高まるが、そうも言っていられる状況ではない。

「クカカカカッ!温ィぞ、もっと火力を上げろ!!」

「っ…こ、の。化物…!」

 爆裂する火焔の最中にあって、鬼の哄笑は響き続けている。傷の治療まであと十数秒。

「もちっとやる気出せや。火遊びすんならこれっくらいはやらねェとよ」

 目に痛い赤色と灼熱の中央で、鬼の立てた指の先端が見えた。

 指先に蝋燭の火のようなものが灯る。今まさに鬼を取り巻いている火焔より遥かに小さく、それでいて決してかき消されることのない灯火。

「…………え。うそ。あり…えな」

 魔法使いだけはそれの本質が見えたのか、唖然とした呟きを漏らす。

「ほらよ」

 指先の火を口元に近づけ、吹き消すようにふうっと一息。

 それだけで、急激に膨張した大炎は発動中だった火焔の魔法を吞み込んで勇者達へと喰らい付いた。

 爆発に大部屋全体が揺れる。加減を誤れば次か、その次辺りで崩れ落ちてしまうかもしれない。

 やり過ぎたか、と。天井から降る瓦礫の欠片を眺めつつ鬼は指先に残った火を今度こそ吹き消す。久しぶりに鬼火なぞ使ってはみたが、やはりただの火なんて面白くもなんともない。

「さて」

 コキリと首を鳴らして、火の海の先へ視線を向ける。

「やりやすくしてやったぞ?知ってんだ、俺はな」

 数十倍もの威力でやり返された火炎と黒煙の中に、死体はまだ無かった。


「…申し訳ない。警告が、できなかった」

「無理もない。戦士か格闘家だろうと当たりをつけてみれば、よもや魔法まで扱うとは、誰一人思いもしなかったさ」

「戦士さん。今治療を!」

「……ああ。頼む」


 魔法使いと僧侶を守る形で、立て直した戦士がその大きな斧を盾替わりに先頭へ割り込み、次いで勇者のかざした聖剣が守護の陣を張り防御を固めた。全員もれなく酷い火傷に身を焼いていたが、かろうじて存命している。

 鬼には世界の異なる一団の用いる力の正体などは皆目見当もつかなかったが、なんだって構わない。

 共通していることは、相手は人間で、人間とはそれ即ち、


「追い込まれれば、大事なもんが壊され掛ければ、それだけわけもわからん力を出す生き物がお前らだ。知ってんだよ、俺はな」


 重ねて同じ内容を口にする。

 鬼神は過去に二度、負けている。

 一度目は首を刎ねられたあの時。人間に。

 二度目は。


『名乗るのが遅れたな、■■童子。いつまでも「鬼殺し」じゃ、俺も気分が悪い』


「ククッ」

 二度目は正々堂々、真正面から闘い、そして敗北した。その相手も。


『神門守羽。大鬼てめぇを倒す史上二人目の人間の名前だ』


「クカッ!カハハハ!!」

 だから戦うのは人間がいい。魔神も天神も、悪魔も幻獣も妖精も妖怪も。いくら強くても最後には絶対に勝ってしまうから。

 敗北を叩きつけるのはいつだって最弱種にんげんだ。それを、鬼神は文字通り身をもって知っているから。

「可能性を魅せてみろ。死に際の輝きで俺を殺してみろ!それが出来たら生き長らえさせてやる!」

 殺せるなら生かす。無理なら殺す。

 鬼にもとより根付く弱肉強食の精神。貪欲に突き詰め続けて今まで生きてきた鬼神の矜持がそこにはあった。


 わざわざ戦闘の真っ最中に無意味な語りを織り交ぜた意味は、効果は、果たしてあったかどうか。

 何事か話し合いを終えたらしき四人が再び散開し、鬼を殺す算段に打って出る。

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