第13話 喧嘩する程仲が……
街のとある酒場にて、『英雄』候補者が珍しくそろい踏みになっていた。
とはいえ彼らは、特に示し合わせてここに居る訳じゃない。
あの後セルジアートが広場を去っていき、残された者達は魔法や腕力で瓦礫を片付けた。
そして一般市民の立ち入りが許可出来る状態にしてから、解散と相成ったのである。
今はその後の自由時間、もとい仕事終わりの時間に当たる。
いわゆるプライベートの時間だ。
ある者は家族のいる家へと帰宅し、またある者はパァーッと遊びに出歩いたりする。
そんな中、彼らは各々に一人で反省をする事にしたのだ。
そう、セルジアートの言葉の通り。
そんな風に意外と真面目に反省しようとしていた彼らだったのだが、神はかなりの悪戯好きの様だった。
この店に最初に来たのはカイルだった。
次にレオ、そして最後にジークノイルがやって来て、それぞれ隣接したテーブルを勧められた。
他の場所も空いているのだ。
言えば多分、席くらい変えてくれただろう。
が、『コイツラからまるで逃げたみたいじゃないか』などという無駄な心理が働いて、こうしてこの三人が背中合わせに座る事態になってしまった。
「……お前らちょっと他に行けよ」
酒場とあってすっかり日が落ちたこの時間帯には騒がしい酔っ払いどもが多い。
にも関わらず、互いの話し声が普通に聞こえてしまうのは、「席替えするのも腹立つが、ヤツらの姿が視界に入るのもまた腹立つ」という悪足掻きの結果である。
どちらの方がまだマシだったかは、おそらく永遠に決しない議題だろう。
「そんな事を言うのなら、レオが出ていけばいいのではありませんか? そもそもご自宅の方が良い酒も食べ物もあるでしょうに」
エールをちびりと飲みながら言ったレオに、背筋をしゃんと伸ばして座ったカイルがそう言い返す。
すぐさま「俺はいつも、考え事をする時はココって決めてるんだ!」と声が返るが、そもそもここに来たのはカイルの方が先だ。
彼はテコでも動かない。
「私に言うよりまずはジークに言ってください。いつもココに来ているんですから今日くらいは別のところへ、と」
「いや、お前も帰れ! そしてジークも一緒に出ていけ!」
「……いつもココだから、今日もココだ。俺は俺の意思を曲げない」
「はぁ、全く。レオ、貴方はいつも自分がしたくない事を人には要求するのですから。我儘にも程があります」
「お前には絶対に言われたくない!」
そんな事を言い合っていると、注文の品がそれぞれの席に運ばれてきた。
ここで一度会話が止まり、食事の方へと意識が向く。
お陰で少し、3人の間には沈黙が下りた。
もしかすると、その時間は1分にも満たなかったかもしれないし、10分ほどは経ったかもしれない。
それを破ったのはレオのこの一言である。
「……久しぶりにマジ切れだったな」
誰とは言わない。
が、全員が思っていた事だから、それで話は十分伝わる。
「アレでいて、私達の中では最も地元愛を持っている人ですからね」
「わざとじゃない。広場もほぼ元通りだし、もしケガ人が居た場合は、カイルが治癒魔法を施していた。この街にも人にも長引くような傷はつかない。が、そういう問題じゃないと言いたいんだろう」
普段は無口なジークノイルが、嫌に長く言葉を紡ぐ。
それをレオが「饒舌だな」と揶揄って笑えば、「煩い」という短い言葉で一刀両断された。
そしてまた、誰からともなく沈黙する。
反省会は、各々の頭の中で為されているのだろう。
互いに互いは見えないが、背中越しに全員が眉間にしわを寄せたり渋い顔になっていたりした。
そんな中、ポロリと思考のカケラを外に零したのは、やっぱりレオその人だ。
「怒るにしても、俺には他より甘くて良かった筈なのに……!」
「何故貴方だけ、特別扱いされるのですか」
「解せない」とでも言いたげなカイルは彼を見て言った。
それに対し、レオは「だって」と不服顔だ。
「俺はセルジを、ワイバーンの爪から助けたんだぞ?」
ならその前の事なんて、帳消しで良いじゃないか。
そう言った彼に、カイルはフンッと鼻で笑う。
「もしもっと場所が近ければ、私も十分フォロー出来ました。それに私なら怪我をしても、すぐに治癒をかけれますし」
「……俺も飛んでさえいなければ、あんな爪如き簡単に弾き飛ばしていた」
そんな主張を始めた2人に、レオは「でも実際に助けたのは俺だ!」と声を大にする。
これを皮切りに、3人の論争は混迷を極めた。
最初は「セルジアートが怒っている」という話だったのが、いつの間にか「俺だってセルジアートを助けられた」という妙なマウント合戦になり、最後には「自分ならどんな方法で華麗にセルジアートを助けるか」という大喜利合戦になってしまう。
「セルジは背丈も横幅も筋肉も無い。横抱きに抱えて走るくらい、どうという事も無いだろう」
「そりゃぁお前は筋肉ダルマだからなぁ!」
盛大に笑う酔っ払い、レオ。
しかし先の案を出したジークノイルも、かなり酒が進んでいる。
口調や顔こそいつもの様だが、普段冗談など決して言わない彼が大の大人を不必要に横抱き――つまり、お姫様抱っこすると言っているのだから、かなり酔いが回っている。
「じゃぁお前はどうするんだ」
不服顔で聞き返すジークノイルに、レオはフフンッと胸を張った。
さぞかし名案があるのだろう。
そう期待させる様相だったが。
「俺ならそもそもセルジに護衛を付けておく!」
「因みに何人ほど?」
「100人!」
「バカなのかお前」
「それではセルジが身動き取れなくなって困るでしょう」
「いや、そういう話でもないけどな」
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