第10話 この大惨事は誰のせい
「で、お前ら。『配慮』はどこに置いてきた」
固い石畳の上に男を3人座らせて、仁王立ちでそう告げた。
大の大人が公衆の面前で怒られている。
ただそれだけでもインパクトは十分だろうに、その相手が揃いも揃って『英雄』候補者たちである。
俺達の関係性を知らずに目撃した人達は、さぞかしこの状況に驚き、俺が一体誰なのかを周りに聞く事だろう。
が、そんな事は割と今はどうでもいい。
「お前らちょっと周り見て見ろ。大きなクレーターのせいで石畳はボッコボコ、周りの木々は焦げてんだろうが」
特に木々は、街の人が毎年少しずつ植林しているものである。
見なくても焦げ臭さからある程度想像はついていたが、実際に見るとかなり酷い。
「その上、だ。まるで踏み倒されたみたいに根元からポッキリいってる木もあるし……アレなんか、もう原型留めてないぞ」
ただの水が漏れる瓦礫の山と化してしまった元噴水を指さしながらそう言えば、赤髪がおずおずとした感じでまず口を開いた。
「あのクレーターはジーク一人のせいだからな?」
あくまでも自分に非はない。
笑みを浮かべつつも怒りマックスな俺に向かって、遠回しにそんな主張をしてくるレオ。
とりあえずレオ指名のジークノイルへと目を向けると、黒髪との視線が合わない。
「……アレは、お前の所の騎士どもが地味に邪魔をするからだ」
「何だと?! お前、俺のせいにするつもりかっ!」
「現にお前の兵運用のせいでこっちは色々と機会を逃している」
胡坐を掻いて座るレオが自分のモモを鎧の上からガンッと叩いて「言いがかりだ!!」と騒ぎ立てる。
一方のジークノイルは平坦なトーンで話をしているが、表情にはありありと抗議の色が浮かんでいた。
「俺の剣の届く範囲をチョロチョロチョロチョロさせておいて、よくそんな事が言えたものだな。だからパーティー戦は嫌いなんだ……」
「自分の落ち度を俺のせいにするな! 大体お前がもっと周りと上手くやれば済む話なのだからな!」
大声で威嚇するレオに、ひどく心外そうなジークノイル。
2人の言い分は平行線、にらみ合う二人の間には激しく散る火花が幻視できそうな有様だ。
と、そんな中にすまし声が一つ割り込んでいく。
「実に醜く不毛な争いです。もう見るに堪えません」
そう言った水色頭は、まるで『自分は違うけど』と彼らと自分の間に一つ明確な線を引いたような物言いだ。
が、レオが抜け駆けを許さない。
「おいカイル! あたかも『自分は無関係』みたいな顔をしいてるが、お前だって広場の木を燃やしまくった張本人だろうが!」
隣をビシッと指さしつつそう声を張り上げれば、カイルがメガネをカチャリと上げる。
「人聞きの悪い事を言わないでください。私に広場を燃やす意志など毛頭ありませんでしたよ」
「でも現に焦げている! しかもお前の魔法のせいでな!」
「アレは……結果的にちょっと火が当たっちゃっただけでしょう」
「はぁ? 『ちょっと』? ちょっとでこんな焦げ焦げになるか!」
確かにこれには俺も同意だ。
ただの印象でしか無いが、全体の5分の1は焦げているという印象だ。
たとえそれが木の表面だけの被害にしろ、もしこれを本気で『ちょっと』だと言ってるんなら、基準があまりに常人とズレている。
……まぁ今回は、ただすっとぼけているだけだろうけどな。
などと思いつつ、全くと言って良いほど悪びれもしないカイルを眺めた時である。
「それに、だ。今大事なのは故意かどうかなんかじゃなくて、目の前の結果だからな!」
そう言って、レオが満足げに胸を張った。
この様子、おそらくレオは「言ってやったぞ! これには反論できないだろう!」なんて思ってるに違いない。
が、さも繊細そうな顔や見た目をしているのに、その実この四人の中では最も図太いのがカイルである。
このくらいで負けを認めるようなたまなどではない。
「ほう、結果ですか」
おそらくレオの謎の威張り顔に、イラッとでも来たのだろう。
薄く弧を描く口元と冷えた瞳を携えて、カイルは不穏な空気を醸し出す。
「ならば現状を、新たな結果で上書きすれば文句などありませんね」
何をするつもりなのか。
何一つ分からないが、とりあえず静止せねば。
そんな気にさせられた。
が。
「お、おいカイル――」
「『水球』」
静止の声は、呪文によって遮られた。
水球は、初級魔法。
俺にも出来る魔法の一つで、効果としてはカイルの頭上に水の球がトプンと生まれただけである。
が、魔法の天才がこんな初歩的な魔法を繰り出しておいて、まさかただこれだけで事を済ませる筈が無い。
「『倍』、『倍』、『倍』」
『倍』と一回唱える度に、カイルの体から魔力が外に吸い出される。
それは作った水に吸収され、言葉通りにその体積を目に見えて倍へ倍へと増やしていき。
「カイルちょっと――」
どうする気だ。
そう言葉を続けようとした。
だって、少なくとも俺の行使できる規模はもう既に優に超えている。
「『倍』、『倍』」
その巨大な塊に思わず頬が引きつった。
が、当の本人は正座をしたまま唱え続ける。
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