第11話 コイツらみんな、ダメ過ぎる



 こちらを見ようともしなければ、上を見ようともしない。

 ひどく涼しげな顔の彼は、これだけのものを作っておきながら魔力消費に全く苦しむ様子もないが、逆にそれが地味に怖い。


「『倍』、『倍』」


 ついに水球が広場一帯を覆う程の大きさになった。

 凡人の俺は、それを唖然と見上げる事くらいしか出来ない。

 と、次の瞬間だ。


「『破』」


 告げられたたった一文字で、あれだけ大きかった水球が破裂した。


 塊から解き放たれた水たちは、それぞれが雨粒ほどにまで小さくなって重力へと素直に従い、辺りに「ザバァ」とも「バラバラ」とも聞こえるような音が響く。

 

 そして石畳や木々、地面へと降り注いだそれらはもちろん俺達をも襲い――。


「うっわ! カイルお前、びっちょんこになっただろうが!」


 降る最中に大きく声を上げたレオ。

 

「……布が貼り付いて気持ちわるい」


 随分と降り注ぎ水びだしになったところでインナーを摘まんで言ったジークノイル。

 そしてそんな二人にどこか得意げな様子のカイルがフフンッと鼻を鳴らしてみせた。


「どうですか? 『燃えた』という結果を『濡れた』という結果で上書きしてあげたのです。もしかしたらどこかにあったかもしれない種火も、これで一緒に鎮火する事が叶ったでしょう」


 これで文句はないでしょう?

 そう告げた彼を前に、前髪からぽたりと落ちる雫を目の端で感じながら目を閉じる。

 

 

 確かに、種火については一理あると思う。

 この後更に広場が火災で全焼なんて事になったら、最悪以外の何物でもない。

 が。


「なぁカイル。何で俺まで全身ずぶ濡れにならなきゃいけないんだ……?」


 ゆっくりと瞼を上げた俺は、カイルにそう問いかけた。

 カイルほどの実力者なら、「人は濡れないようにする」という制約だって簡単につけられた筈である。


 まぁ自分だけを護っていたりはしないだけ、まだマシだ。

 でも、だからといって許容できる事ではない。


 

 仕事中に突然呼ばれて、駆けつけて、事態をどうにか納めて、だ。

 その上でこの状態だ。

 頑張ったのに罰ゲームとか、意味が分からな過ぎて笑える。


 胸の前でしていた腕組みを解くと、あの一瞬で腕に溜まっていた水がバシャァと音を立てて落ちた。

 

 いつもならふわりとボリュームのあるくせっ毛が、額にペッタリと貼り付いている感じがする。

 地味に鬱陶しいそれに地味な苛立ちを感じながらカイルに抗議の目を向けるが、やはり彼はかなり図太い。 


「セルジも汗を掻いたでしょう? シャワー替わりのサービスですよ。それにこれだけ水をやったのです、焦げた木もこれでまた再生するでしょう」


 一度はシレッとそう言い放ったが、チラリとこちらを見た後で「冗談ですよ」なんて言う。

 そして彼が「『温風』」と唱えた瞬間、周りの空気がふわりと温かくなった。


「……中級魔法とはいえ、マーカーも無しに人にだけピンポイントで適温の魔法を行使するとか、相変わらず魔法に関しては器用だよなぁ」

 

 さっきは力に頼っただけの乱暴な魔法の使い方をしてみせたくせに、さっきの今でこんな繊細な魔法も使う。

 それを簡単にするんだから、カイルの実力は本物だ。



 元々カイルのせいで被った被害だったのに、あまりに鮮やかな手腕過ぎて思わずそう褒めてしまった。

 すると特に得意げになる風でもなく「伊達に教会大司教に任命などされていません」という答えが返ってくる。


 が、それを良しとしないのがレオだ。


「そうやって、いつも魔法で騙くらかして」


 そんな事を言ってきた彼には、私怨も地味に見え隠れしている。


 今しがたずぶ濡れにされた恨み、自分より目立った事、そして俺に褒められた事。


 特に後ろの二つについては、目立つ事も褒められる事も好きなレオが不満に思わない筈が無い。


「言っとくけどな! そんな小細工をしたところで木が燃えた事実は変わらない!」

 

 半ば八つ当たり気味に、レオはそう指摘した。

 意外にも、尤もな指摘を繰り出している。



 こうなれば流石のカイルも、少しくらいバツが悪くなるんじゃないか。

 そんな風に思うのと同時に「そうなってくれれば少しは反省するかもしれない」という希望も見えてくる。


 と、レオの言葉に彼は「そうですね」と返事をした。

 まるで自分の非を認めるような物言いだ。

 もしかしたら本当に反省して……?

 そんな希望が強くなった。


 が、こんな事くらいでコイツらの性根が直っていたのなら、そもそも俺は苦労していないのである。


「確かに結果は変わりません。だってほら、私が過失で木々に焦げ目をつけてしまったのと同じように、貴方が木々や噴水を壊れると分かっていてワイバーンへの盾にした事実も、決して変わりませんからね」

「なっ、そ、それは……へっ兵に負傷させるよりはマシだろう!」


 カイルからの反撃が、想定外だったのだろう。

 慌ててそう取り繕うレオに、俺はガクリと肩を落とした。


 レオ、お前もやらかしてんじゃねぇか。

 そりゃぁ似たような事をしでかしたヤツの正論なんて、相手に刺さる筈が無いわ。


 そんな風に思うのと同時に彼が取っていた戦法も大体読めた。

 おそらく障害物を盾にして戦うように采配した……という所なのだろう。



 まぁ確かに物よりも兵――人命の方が大切だ。

 その判断や心情には賛成するが。


「負傷者を極力出さず、広場の被害も最低限に抑える。そんな方法が他にあると思うんだけどな」


 ため息交じりにそう告げる。

 順番に目を向けていくと、3人が3人共まったく目を合わせてくれない。


 この話を聞いて俺がすぐに思いつくような事だ。

 そしてこれは、ずっと口を酸っぱくして言い続けている事でもある。

 そう、コイツらだって思い至らない筈が無い。

 

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