第9話 『一瞬』を掴み取れ



 きちんと首も雁字搦め。

 お陰で動かない的だ、ここまで来れば当てる事自体は難しくない。



 吸い込まれるようにして、ナイフがノーガードの目を潰した。

 その瞬間、けたたましい悲鳴が辺りに響く。


 数少ない体の柔らかい部分をピンポイントで突き刺され、さぞかし痛い事だろう。


 我を忘れて痛みに暴れるワイバーンは、案の定というべきか。

 その肢体がキツイ拘束に負ける事を厭わなかった。


 強すぎるワイバーン自身の抵抗力が拘束魔法に鱗を断たせ、その奥にある柔らかい肉に食い込んだ。

 しかしそれでも『背に腹は代えられぬ』という事なのか。

 先程までのダメージなんて比にならないくらい体のあちこちから流血させながらワイバーンは暴れ続け、持ちこたえていた拘束と体の間に生まれてしまった僅かな余白――暴れる余地に敵がつけ込もうとする。



 強引な敵の捨て身の選択が、俺達を追い詰めようとしている。

 特に血濡れになった尻尾が、一足早く拘束から脱しようとしていた。

 その時だ。


めろぉぉぉーっ!」


 つんざくようなレオの号令に、金鎧の男たちは束になって尻尾の動きを剣で押し留める。



 ガキィンッ


 金属同士がぶつかる様な音たちが複数聞こえ、騎士たちが地面に踏ん張る。

 それ程の時間は稼げない。

 しかし数秒、敵の凶器が自由になるまでの時間を稼いでくれた。



 ほんの一瞬、されど一瞬。

 作り出されたわずかな猶予に「ジーク!」と声を張り上げる。


 声に反応して失明ワイバーンの首がコチラを向いてしまったが、そんなものは知った事か。


 俺は最後の役割を果たす。



 魔力を練り上げ、ジークノイルに手のひらを向けて「『氷壁』!」と呪文を唱えた。


 起点はヤツの足の下。

 そこから一気に氷の壁を、生成・成長させていく。



 初級防御魔法の筈のソレは彼を、空中へと押し上げた。

 意図を察したジークノイルが、強く足場を蹴ってさらに高度を上げる。


 その衝撃に耐えられず、壁はパリンと割れて散った。

 が、役割は既に果たした。

 何一つ問題はない。



 やり切った。

 そんな気持ちで石畳の上に着地する直前に、俺はゾクリと背中に悪寒が走るのを感じた。


 顔の動きは、間に合わない。

 だから目だけをそちらに向ければ、拘束から逃れた敵の前足が爪を剥き出して俺の事を狙っていた。



 を目掛けて襲い掛かる敵の殺意から、体を捻って避けようとする。

 が、怒り切ったその速度に負けて追いすがられた。


 痛みが来ると身構える。

 が、次の瞬間、俺と爪の間に金の鎧が一つ横から滑り込んできだ。


 ガァンッと、金属のぶつかる音が俺を護る。

 靡く赤色のしっぽ。

 大盾を前面にして体ごと突進してきたその男は、爪を睨みつけながら走る衝撃に歯を食いしばる。


 無謀にも見える特攻だが、思い切りの良すぎる全力の突進があったお陰で爪の軌道が僅かにずれた。

 その結果、俺が起こしていた回避行動が完成する。

 


 ギリギリのところで爪から逃れ、そのままついでに一つ、二つとバク転をしてワイバーンから距離を取る。


 レオの方は、おそらく完全に独断専行したのだろう。

 一度目のバク転をした時に、主人にすり抜けられた護衛達が慌てた様に追いついたのが視界に入った。


 そして二度目のバク転の時。

 俺の目に映ったのは、飛びあがった黒衣の影だ。


 流石はソロの冒険者。

 雄々しい姿に、振りかぶった黒剣を、ブンッと敵に振り下ろし――、一閃。


 外傷の無い敵の鱗を、黒い刃がぶった切った。



 鮮血が空に舞う。

 ワイバーンの首も踊り舞う。 

 そしてドスゥンという地響きと共に、横倒しに石畳へと着地した。


 それから遅れる事、1、2秒。

 生命維持に必要な首から上を失った事に気付いた四肢の方も急激に力を失った。

 支える力をすっかり無くし、打ち付ける様に胴体を地に墜落させる。




 それっきり、辺りはシンと静まり返った。


 敵が与える騒音はもちろん、己を鼓舞する唸り声も、げきも指揮も。

 剣戟だって呪文の詠唱声だって、その全てがうち消えた。



 セルジアートが介入してから騒動が終結するまでの時間は、およそ30秒にも満たない。

 俺からすれば、思わず拍子抜けしそうになるくらいのあっさりとした終結だ。

 が、他にとっては違うようである。


「ワイバーン、討伐だ!」


 金鎧の男の内の一人が赤いポニーテールを揺らしながら、今回一度も使わなかった腰元の剣を抜き去って空に突き上げ、満足げな声を上げる。

 指揮していたのと同じ声でなされたその終結宣言に、一瞬の間をおいて周りがワッと沸き立った。



 その声に、彼らの不毛な消耗戦への苦労が激しく偲ばれた。


 喜んでいるのは、何も彼と同じ金鎧の者達だけではない。

 白ローブの一団も互いを褒め称え合っているのだから、猶更だ。



 ジークノイルは安堵にも似たため息を一つ付きながら、剣を振って血のりを落とす。

 それを見てから、俺はにっこりと笑みを浮かべた。



 俺の視線に気付いたのだろう。

 フイッとこちらに視線を向けて、少し顔を歪ませる。


 その顔には、大きく「ヤバい」と書かれていた。

 そりゃぁそうだろう。

 俺だって、今日ほど怒っているのは久しぶりである。


「さてじゃぁお前ら、ここに座れ?」


 『お前ら』が一体誰なのか。

 そして今から何が起こるのか。

 そんな事はきっと誰もが理解した。


 程度はあれど、こうして俺が連れてこられた戦闘の最後には決まって招集が掛けられる。

 その事を周りの者達もすっかり承知しているから、関係ない者達は皆この場の後片づけに移った。

 

 結果的に、動かず立ち尽くしているのは当事者たちだけになる。


「す、わ、れ?」


 聞こえていない筈は無い。

 分かっていない筈も無いので、俺は目の前のひび割れた石畳を指さしながらもう一度言った。

  

 有無は言わせない。

 一応配達は終わったとはいえ、今はまだ就業中だ。

 仕事を中断してまでわざわざ呼ばれてやったのだから、俺にだって色々言ってやる権利はある筈である。


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