第8話 打破する為に
苛立ちと憤りと、今まで悠長に眺めていた約1分間の自分への後悔。
一気に膨張するその感情をブースターにでもするかのように、身を低くして加速する。
ジークノイルが剣を当てられれば、一撃で片が付く。
レオが率いる騎士たちは、ワイバーンが火事場のバカ力を発揮する前までは力で拮抗できていた。
そしてカイルの魔法で魔石を砕ける可能性は高くない。
カイルでも大魔法を使えば可能だろうが、ここは街中。
周りへの被害が甚大になるのは目に見えている。
だからアイツもその手段を却下したのだろう。
ならば。
頭の中で勝ち筋を計算し、ついに戦闘区域に走り込んだ。
一番最初にかち合うのは、白ローブの集団だ。
ロッドを手に魔力を練り上げ炎弾を次々へと顕現させては飛ばす面々は、おそらく『ある程度狙いを定めた上での飽和攻撃』を仕掛けている最中なのだろう。
核に当たる前に前足や爪で悉く防がれているが、めげずにずっと投げ続けている。
その横をすり抜けて、後ろから水色の頭と肉薄した。
その時に一言、こんな言葉を置き土産にする。
「カイル、縛れ」
答えは待たない。
そのまま走り抜けてしまい、すぐに金鎧たちと距離を詰める。
「レオ、合図の後に尻尾だからな!」
相変わらず4人に囲まれていた赤い髪にそう告げると、その顔が振り返ってポニーテールが宙を踊る。
が、ここでも答えを待つ事はない。
俺には俺の仕事がある。
ヤツを通り過ぎて、次の瞬間には方向転換。
直角に曲がって向かう先は、目的が果たせるポイントだ。
集中の為に息を吐く。
と、ちょうど俺のすぐ目の前を幾つもの光が通過した。
パチパチと放電するソレは、俺行きじゃない。
まるで間を縫うように俺を避け、その先にあるターゲットへと飛んでいく。
チラリと見れば、少し向こうの白ローブの連中の先頭にいる水色頭と目が合った。
相変わらずの童顔がメガネをカチャリと押し上げて、目で「おぜん立てはしてやったぞ」と偉そうに告げてくる。
こっちはお前らの尻ぬぐいに来たんだっつうの。
そう思いながらも、口の端はニッと上がる。
と同時に一際強く地を蹴って、空中へと高く飛んだ。
今まで見えていたのは精々、ワイバーンの顎下だった。
しかし飛んで視界が上がり、ついに届く。
直線的に両方狙える高さへと。
確かにワイバーンは強いし固い。
ただの『郵便屋』でしかない俺に、勝てる筈など無い相手だ。
だから俺は相手にしない。
――少なくとも、正々堂々とは。
狙うのは防御不能で効果的なただ一点。
そう決めて、太ももに巻き付けた古いポーチに右手をゴソリと突っ込んだ。
出したのは、2本の一般的な投擲ナイフだ。
視力強化はまだ健在。
やっと直接目視できたターゲットへと、狙いを見定めて拡大、拡大。
赤黒く光る敵の眼を、刻一刻と高度が変わる中で見つめて振りかぶった手の角度を微調整する。
「『マーカー』、『消音』」
使ったのは、二つの初級魔法。
こういう時に奢って背伸びなどせずに成功する自信があるカードを選ぶ事が、凡人である俺に出来る最善だ。
ナイフの持ち手のお尻の部分に魔法的な目印を付け、消音魔法を重ね掛ける。
消音範囲は手元のナイフから図って、半径約30メートル。
ソレだけで十分だ。
と、その時だ。
バチンッと、何かが弾けるような音がした。
さっき俺を避けていったあの魔法がワイバーンに命中したのだという事は、見るまでもなく把握できた。
バチバチという音を立てて巻き付いたソレは、四肢を縛る拘束魔法。
この巨体を抑え込むためには強力な魔法が必要となるが、流石は神の御業・魔法に精通する聖職者たちだ。
魔法が持つ攻撃性を全て拘束へと振ったお陰で、ワイバーンは完全にねじ伏せられる。
体の自由を失って、ワイバーンは驚きに目を剥いた。
――この時を、待っていた。
心の中でそう呟いた。
狙いがブレるのは絶対に、避けねばならない事である。
力いっぱい投げて命中させるほどの技巧もセンスもありはしなかった。
だからソレが可能な最大限の強さで以って、2本のナイフを同時に投げた。
が、これではワイバーンに迫る速度と刺すための威力が足りていない。
だからさっき、その為の前準備をしていたのだ。
「起点をマーカーに指定。『爆炎、逆』!」
自身の中から魔力をギュッとひねり出し、更にもう一つ、初級魔法を繰り出した。
この爆炎は、初級魔法なだけあって威力自体はたかが知れてる。
が、威力を放つ方向性を制限してやりさえすれば、小さく軽いナイフの威力を上げる事くらいは普通に可能なのである。
持ち手の尻からグンと押されて、2本のナイフは加速する。
消音魔法も相まって、魔法によって生じた爆発それ自体どころか空を切る音さえ打ち消して、小さな凶器はグングングングン敵の顔へと距離を詰める。
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