第7話 ヤツらが『英雄』になれない理由
つかの間の夢の終わりを告げたのは、ワイバーンを狙う炎弾だった。
丸い火の塊が敵の胸にある水晶目掛けて飛んでいく。
すると、痛みなのか嫌悪なのか。
ワイバーンは嫌そうな顔で身を捩り、全ての攻撃から水晶の直撃を避けた後に再び「ギャァォォォ!」と咆哮した。
胸にある水晶は『魔物の核』と呼ばれるもので、彼らの力の源であり同時に急所でもある場所だ。
どす黒く色づくその場所を、きっと狙い撃ちしたのだろう。
対魔物戦闘において対象物の生命活動を止められるだけの火力が手元に無い場合は、核を狙うのが一番堅実。
ジークノイルのように敵の体を一刀両断出来る算段でもない限り、そこを狙うのは有効だ。
が、『今』という条件下において、それは悪手極まりない。
誰だって、急所を狙われるのは嫌だ。
そこを守ろうとするのは生物として至極当たり前の事だろう。
それまでは、金鎧の騎士たちとワイバーンの力はどうにか拮抗していた。
その均衡を崩したのは、炎弾による攻撃を防ごうとしたワイバーンの『火事場のバカ力』に違いなかった。
炎弾を自らの腕で防ごうとしたワイバーンは、片手につき騎士5人、計10人の刃を全て、一思いに振り払った。
その腕力に耐えきれなかった金鎧たちは、四方八方に跳ね飛ばされる。
勿論こんなの、金鎧側の作戦な筈が無い。
レオならば、一撃で決めようなどとは思わなかったに違いない。
この攻撃を放ったのは、金鎧たちの少し後ろ。
戦闘員たちの中では一番敵と距離を取った位置に陣取る、白いローブの一団だ。
中でも一際目立っているのは、他と比べて2倍近くも大きな炎弾を頭上に構築している男。
長いまつ毛にアメジストの瞳、童顔な上に華奢な体に低めの背。
ローブで体のラインが隠されてしまっている為、初見ではおそらく男か女か分からない。
それを一目で男だと確信できるのは、アイツが俺達の幼馴染だからである。
――最年少で教会から大司教を拝命した、
この街の『英雄』候補者、最後の一人がこの男だ。
コイツはその名の通り限りなく上級の魔法使い。
そして魔法を行使する為の才能の最たるものは、脳みそだ。
高度な魔法を使うためには複雑な陣を理解する必要があるが、その為に必要な素養が先天的な頭の良さだ。
秀才でもそれなりところまでは使えるようになるものだが、先天的に優位なものはそれを軽々と越えていく。
その頂点が教会のいう組織に所属する者達で、つまり今俺が何を言いたいのかと言うと、だ。
「アイツ、こうなる事なんて最初っから分かってた筈だろうに……」
あの状態でワイバーンの魔石を狙えば、足元の騎士たちがどうなるか。
俺にでも、アレが悪手だと分かったのである。
アイツに分からない筈が無い。
それどころか、ワイバーンはそもそも魔力抵抗が高い魔物だ。
魔法で攻撃したところであの巨体にとどめを刺せる確率なんて、かなり低いって分かってる筈である。
にも関わらず攻撃を仕掛けたのは、あわよくばと思った結果なのだろう。
「はぁー、もうホントに……」
頭を抱え、思わずそうため息を吐く。
こいつらは、確かに3人が3人とも『英雄』候補者に選ばれるようなヤツらである。
実力も実績もそれなりにあり、周りからも認められている。
にも関わらず未だに候補者に留まっている理由なんて、たった一つだ。
これだけ人数が周りに居ながら、周りと全く連携を取る気のないジークノイル。
数の有利・集団戦の強みを知っていながら、自分の持ち駒以外を頑なに頭数に入れようとしないレオ。
そして、自分の魔法への自負で無謀を踏もうとするカイル。
彼らに共通する欠点は、互いに協力をしない事だ。
出来ない訳じゃなく、ただやりたくない。
被害範囲が限定で来ているのを良い事に、3人が3人ともそういう頑なな姿勢を貫いている。
言い換えれば、意地になっている。
だからいつも俺は呼ばれる――と、ここまで思考を巡らせた時だった。
バキャンッ。
衝突音と、折れるような割れるような音が同時に耳を叩く。
その音の正体を探してみれば、ちょうど一人の金鎧が瓦礫の山からフラフラと立ち上がったところが目に入った。
一瞬心配したものの、騎士自身はおそらくフルプレートで守られていたお陰だろう。
大きな怪我は無いようで、そのまま戦場へと戻っていく。
その様子に安堵した。
が、次の瞬間気付いてしまった。
突っ込まれた方が、元々何だったのかを。
「あの屋台……」
思わずそう歯噛みしたのは、今や辛うじて立っているだけのガラクタに成り下がってしまった元屋台が、この広場に出店していたクレープ屋だったからだ。
よく仕事の合間に買い食いをしていた店であり、老若男女が楽し気に過ごすこの広場の中でも特にその屋台の周りには幸せそうな客の笑顔が咲き誇る、俺にとっては一種の平和の象徴だった。
それが壊されてしまった事で、面倒事に呼ばれながらもそれなりに余裕を持っていた俺の気持ちがプッツンと来た。
「このクソ野郎ども」
その言葉を皮切りに、強く地を蹴り走り出す。
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