第6話 街中の戦場、苦戦の現場
そこは、普通ならば大きな商会の木造倉庫がある筈の場所だった。
しかし今やそれらは瓦礫の山となり果てて、その原型を留めていない。
「アレッ! アレだよ『郵便屋』!」
ハルがそう指し示すが、言われなくても分かっている。
建物じゃなくなったゴミの山の向こう、直線距離にして約50メートル。
その辺りに、ワイバーンとその足元で戦っている様子の集団が俺にも見えた。
が、俺がカチンと来てしまったのは何も直線状の全てのものが瓦礫と化しているからではない。
――否、もちろん市民としてはそれも腹立たしい事だけど、それ以上のものが目の前にある。
「あのバカたち相変わらず……」
口から漏れ出たその声は、苛立ちからいつもの数段も低い声になっていた。
いつもと違うその様子にハルが「えっ」と声を上げているが、そちらに気を寄せる暇は無い。
微かに鼻を掠めていく焦げ臭さは、きっと今戦場になっている噴水広場の周りに植林されている木々の一部から黒い煙が上がっているせいだろう。
が、被害はソレだけじゃない。
「『視力強化』」
とりあえず戦力は拮抗している。
このまま戦場に突っ込むよりも情報把握の方が先だ。
そう判断し、右のこめかみをトンッと叩いてそう一言唱えてみせれば目の奥が仄かに温かくなる。
そして視界の拡大・鮮明化が可能になった。
おそらくみんな、慌てて退避したのだろう。
現在ワイバーンが暴れている広場の石畳には、食べ掛けのままのクレープや置き去りの三輪車が放り出されている。
その他にも、子供の靴に老人の杖。
少し向こうには――おそらく逃げる人たちによって踏みつけにされてしまったのだろう――元々は綺麗な色だったろうに、クシャッと汚れたショールが力なく落ちていた。
と、ちょうどその石畳の近くにビキビキッと稲妻のようなひび割れが生じた。
見てみれば、おそらく尻尾を狙って外してしまったのだろう。
石畳に打ち付けた黒剣を握り締めた黒い髪と瞳の男が、避けたワイバーンを忌々しそうに睨み上げている。
――孤高の冒険者、黒剣黒衣のジークノイル。
この街に居る3人の『英雄』候補者の内の一人、それが彼の正体だ。
ワイバーンとの戦闘で気を付けるべきはその巨体と鋭い爪、そして振り回される尻尾である。
固い鱗で覆われている上に、質量もある。
そんな中で軟体的な動きで軌道予測が比較的しにくい尻尾をまずは潰そうと思うのは、道理といえば道理だった。
が、結局のところどんなに強い攻撃も『当たらなければ意味がない』。
その一撃は、当たれば間違いなくワイバーンの尻尾など容易く切り落とせるだろう程の威力だった。
それを証明するように剣の下の石畳は今や砕けて割れて
本当ならば、逃がした尻尾は一刀両断されて然るべきだ。
しかし、だからこそ。
「悔しさと苛立ちもかなりのモノだろうけど」
歯噛みする彼の顔を見て、その分かり易さに思わず苦笑いする。
無口でクール。
そういうふれ込みのこの男だが、実は意外と直情的で負けず嫌い。
どうでも良いと思っている事には限りなく無頓着だが、自分のプライドに関わる部分――とりわけ戦闘に於いてはすぐに感情が顔に出る。
その気性の粗さは今日も今日とて健在だ。
そんな奴がまさかこの苛立ちを内に留めておける筈がなく、今の失敗の元凶だと彼が信じて疑わない方にギロリと鋭い視線が突き刺さる。
その視線の先に居たのは、金鎧の騎士たちだった。
立派なフルメイル鎧を着たひときわ目立つその集団は、総勢二十数人ほど。
剣の腕も立ち回りも、それなりに出来る者の集まりだ。
が、それなり程度の実力では、どうしても黒衣の男には劣る。
その上――その意図があってなのかは知らないが――金鎧の騎士たちは、黒衣の男の大剣の射程圏内ギリギリをチョロチョロと動き回っているのだ。
流石にその者達を切る訳にもいかない事と男自身が普段からソロで戦う冒険者という事が重なり、邪魔者加減も
が、男の周りをチョロチョロしている方にも、一応言い訳というものはある。
もし俺があの一団の中に居たら、きっと「これが坊ちゃんの指示だから」とでも言うだろう。
黒衣の男と一部重なる位置で陣取っている、金鎧。
その中に、4人に四方を守らせるようにして立つその男が居た。
赤髪の長いポニーテールを振り乱し、バッと右手を前に出して何かを命じるそぶりを見せる。
が、背の高さこそ黒衣の男といい勝負だが、体つきは激しく劣る。
筋肉量は見るからに、騎士たちが黒衣の男に劣っている。
が、その騎士たちより劣るのがこの指揮官の男だった。
髪や肌の色つやが良く『磨かれた身なりの持ち主』という表現がピンとくるソイツは、見るからに苦労知らずのボンボンだ。
しかしその若い男に、騎士たちは当たり前のように従う。
――魔物が棲む森に隣接するこの街の次期領主、
コイツもこの街『英雄』候補、その2人目だ。
コイツの指揮に従って、金鎧たちはワイバーンを前方に見据えた『扇形防御陣形』へと素早く陣を展開する。
そして指揮官の護衛と最後列を除いた10人の騎士たちが、気合の為の声を上げながら剣を振り上げて突撃していく。
両者がかち合った瞬間、ワイバーンの前足の鱗と剣の間でチリッと幾つもの火花が散った。
装備をケチる事なんて、指揮官たるこの男が許す筈など毛頭ない。
にも拘らず目に見えたこの反発は、両者の力がどれほど大きな強さでぶつかったのか、そして敵がどれほど固いのかを如実に示す。
が、彼らの突撃によってワイバーンの大きな武器の一つ・爪の動きを封じる事に成功した。
「……多分アイツは、一番の脅威を『爪』と判断したんだ」
そしてそれを封じたからには、反撃するに違いない。
爪を封じさせても数人、まだ動ける騎士が残っている。
それらを当てるつもりなのだろう。
レオは、目立つことが大好きだ。
良くも悪くも羽振りが良くて、街に下りては金を落とすのを仕事としているようなヤツ。
だけどその実、この男はバカじゃない。
数の強さを良く知っていて、総合力で勝ちに行く。
そういう兵士の運用ができるヤツである。
「よし」
俺が小さくそう呟いたのは、「これでやっと事は進展するかもしれない」と思ったからだ。
しかしもしこれですんなり行くくらいなら、俺はここに呼ばれていない。
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