第5話 俺が今からすべき事
ギャァォォォォオ!!
ひどく野性味を帯びた生物の威嚇が、空気をビリビリと揺らす。
ドシンという地響きに、全長10メートルほどの巨体。
それは間違いなく人々の脅威そのもので、この辺で見かける事はそう珍しくも無いトカゲだが、平和ボケした他の街では『天災』などと呼ばれるくらいには暴力的な生き物だ。
そんな生き物、流石にこの辺では珍しくないとは言っても、通常ならばこんな街のど真ん中にお招きする筈など無い代物だ。
獰猛な上に肉食獣でもあるのだから、子供や老人も暮らす空間に入れたくないのはこの街の総意であるに違いない。
そして実際に、間違っても魔獣たちが街中に入ってこない様にするために、冒険者には定期的に周辺魔物の間引き依頼が出されている。
この街の衛兵や騎士たちだって、警戒している筈なのだ。
それにそもそも、こういった事態を防ぐための『守護者』でもある。
普通なら、こんな事になる筈が無い。
「なぁハル、何であんな事になってるんだ……?」
先程聞いた時には「僕はあくまでも『郵便屋』を呼びに来ただけだ」と言っていたが、今事の次第を聞けそうなのは残念ながら彼しかいない。
自分の中で少しでも納得したくって尋ねたら、息を切らしながらの答えが返ってくる。
「僕も良く知らないんだ。でも周りの奴らから聞いた話だと『上から降って来た』って……」
「上から、ね」
当たり前だが、上空に空を遮るようなものはない。
その上相手はワイバーン、翼を持った魔物である。
つまり、だ。
「打ち落とすのにしくじったのか」
走る足は止めないままに、眉間をトントンと人差し指で叩きながら「はぁ」と呆れのため息を吐く。
空の上の魔物を打ち落とすのならば、遠距離攻撃が必要だ。
おそらく魔法で撃ち落としたのだろう。
おそらく今から行く場所に居るだろうヤツラの内の一人が、魔法にひどく精通している。
やったのは間違いなくアイツだが、アイツほどの腕前を持つヤツがこんな凡ミスをする筈が無い。
きっと何か『不測の事態』があったのだろう。
問題はその『不測の事態』の正体だが……。
「どうせ何かしょうもない事なんだろうなぁ」
ちょっと遠い目になりながらそう呟くと、少し前で俺を先導しているハルが恨めしそうな目を向けてくる。
「っていうか、『郵便屋』っ、何でそんなに息も切らさずに……っはぁはぁ」
かなりしんどそうである。
対して俺はまだまだ余裕、体感的には小走り程度の運動量だ。
「何でって、そりゃぁまぁ日常的に走ってるしなぁ」
その上相手は子供、こちらは大人だ。
歩幅だって筋肉量だって基礎体力にだって差があるのである。
その辺を加味して比べれば、余裕なのは仕方がない。
が、流石にそうとまでは口にしなかった。
この少年、まだ若いがこの歳で貧民街で一人暮らしをしてるだけあって、大人顔負けの自立心の持ち主だ。
つまり、早い話が子ども扱いをすると怒る。
まぁそんな事で怒る事も、全く息を切らしていない俺に「ズルい」と口を尖らせている事も、子供だからこその反応だ。
まぁそれでさえ「可愛いものだ」と思う程、その辺への耐性が俺にはある。
「この手の事で一番厄介なのは、『無駄に図体だけ大きくなった、精神年齢が子供のままのヤツラ』だからな」
「ん、何か言った?」
「いいや、何も」
思わずポツリと呟いた言葉を拾われそうになってしまい、思わず苦笑しながら誤魔化す。
どうやらちゃんとは聞こえていなかったようで、ハルはそれ以上深く突っ込まない。
それにしても、問題は目の前に生えているワイバーンだ。
飛ぶ気配は無いみたいだから、既に翼は潰したんだろう。
ニョキッと出たワイバーンの顔はずっと下を気にしているし、爆音とも轟音とも言えるものが断続的に聞こえているので、戦闘中の筈である。
「で、ハル。お前は誰から俺を呼んで来いって言われた?」
「いつもの騎士のおっちゃんだよ」
騎士……という事は、少なくとも赤髪のアイツが居る。
アイツ自身はどうであれ、護衛の騎士たちは周りへの配慮が出来る人たちだ。
避難はおおむね済んでいると見て良いだろう。
ケガ人が居る……かどうかは分からないが、魔法で撃ち落としたんだから水色の髪のアイツが居る事も確実だ。
アイツ自身はどうであれ、取り巻きの司祭や司教は周りへの配慮が出来る人たちだ。
ケガ人が居たら治療をしてくれていると見て良いだろう。
つまり俺がやるべきなのは『あのワイバーンをどうにかする事』、ソレだけだ。
そこまで考えた時だった。
不自然に、目の前の視界がパッと開ける。
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