第2話 俺はタダの『郵便屋』



 きっと、追いつく気配のない追手に勝利を確信でもしていたんだろう。

 ヤツはまるで他人ひとを嘲るニタニタ顔だ。

 その後頭部を、足裏で地面に叩き落す。


「グヘブッ」


 足の下からしゃがれた声が聞こえたが、全く以って気にしない。



 と次の瞬間、ヒュッと空を銀が割く。

 それが俺のわき腹を貫こうとした瞬間、俺はそれを腕ごと止めて捩じ上げる。


 ついでにヤツの頭を改めて左足で踏みつけて、身動きと視界の可動域を同時に制限。

 ヤツの手からナイフが落ちて、武装も放棄。

 となれば、コイツが出来そうな残りの抵抗は。


「大地に潜む土の精霊よ、瓦礫の雨と――」

「アンチマジック、土礫どれき


 ヤツの中で膨れ上がっていた魔力が、俺の一言でパァンと弾けるようにして消えた。

 続けて「付与・アンチマジック、オール」と唱えると、男の背中にポウッと魔法陣が浮かぶ。


「くそっ、無効化魔法に詠唱省略……なんでそんな高度をできるヤツがこんな所に」


 まるで苦虫を潰したような顔で、見下ろす俺を睨み上げた。

 実に忌々しそうな顔をしている。

 が、それに俺が怯んだりする事はない。


「無効化魔法は特定のものとか範囲を小さく絞って使えばそれほど難しくは無いし、詠唱省略もどっちかって言うと初歩だ。土礫なんて初級魔法なんだから猶更だろう」


 そのくらい、幾らチンピラだって知っている筈の事だ。

 出来るヤツ等なんてその辺にゴロゴロいるっていうのに、そんな顔をして俺を見る前に冒険者崩れのくせしてそれが出来ない自分を恥じろ。


 口には出さなかったものの、心の中でそう言い捨てる。

 というか、だ。


「それよりおいコノヤロウ。小さな悪事で食いつなぐ、なまじ体力だけはあるくせに冒険者家業をサボる怠け者。せめてもっと大きな悪事を働いて牢獄へと繋がれるか、改心するか。どっちか選べ、じゃないと迷惑」


 こちとら今は仕事中だ。

 盗人の捕り物劇なんてものにかまけている暇は無い。


 だというのにこんな騒動を起こしやがって。

 こちらからすれば、仕事の邪魔をされたも同然だ。



 イライラ度合いがちょっとずつ増していく中、「やっと」というべきだろうか。

 コイツの追手が追い付いた。


「はぁ、はぁ、セルジアート。お手柄じゃ。はぁ、はぁ……」


 疲れ果ててしまったのだろう。

 両膝に手をつき懸命に息を整えようとしつつ、老人が言う。


「あぁじいさん。……まぁ通りかかったからな、流石に見て見ぬふりは出来ないし」

「はぁ、はぁ……お、お主がそういうヤツで助かったわい」


 そう言ってやっと息を整えたじいさんはフッと微笑む。

 優しいその表情は、生まれてこの方ずっとこの街で生きている俺には見慣れた顔だ。


 昔はこの顔で頭をグリグリと撫でてくれたものだけど、俺ももう今年で21歳。

 流石にそれは無くなったが、だからといってその表情に込められた賛辞をどこかくすぐったく感じる事は変わらない。


「そっ、そんな事よりも警邏はもう呼んだのか?」


 じいさんと話し始めたので気が逸れたとでも思ったのか。

 俺の拘束から逃れようとヤツが下で暴れるので、曲がらない方向に腕を更に捻り上げて断念させる。

 「グゥッ」という苦悶の声が聞こえるが、自業自得なので力は緩めない。


「向かいの花屋の娘っ子に呼ばせておいた。そろそろ……あぁ、来たようじゃ」


 そう言われて見てみると、向こうの方から銀色の防具をガッシャガッシャと言わせながら警邏の連中がこっちに来ている。

 

 と、その時だ。

 じいさんが呟くようにこう言った。


「セルジアートは、冒険者や兵士にはならんのか? これだけスピーディーに相手を無力化できるんじゃ。実際街のもんは何どもお前に助けてもらっておるんじゃし、十分やれると思うんじゃがなぁ」


 そう言われて見てみれば、じいさんの残念そうな顔があった。

 

 じいさんも、たぶんもう俺の答えを知ってるんだろう。

 そんな風に俺は思った。


 

 実際に、この手の話題は今までにも色々な相手から何度もされている。

 そして今回も答えは何一つ変わらない。


 ちょうど警邏がやって来たので、男を彼らに引き渡す。

 そうして自由になった体でうーんと大きく伸びをしながら、俺はじいさんにこう言った。


「この辺に出る魔物相手に剣では一人じゃ戦えず、魔法に至っては全属性に適性があるくせに初歩しか出来ない欠陥品。身軽さが辛うじて唯一の武器の俺じゃぁ、そもそも鎧を身に着けて戦うスタイル自体が向かない」


 だから俺は、剣士にも魔法師にも兵士にもなれはしない。

 何でもそれなりには熟せるが、その全てが中途半端で器用貧乏。

 とてもじゃないが、戦闘に役立てられるような代物ではない。


「俺は『英雄』にはなれないよ。――アイツらとは違ってな」


 じいさんが求める答えと正反対の事を言っているっていう自覚はある。

 だけど純然たる事実なんだから、コレばかりは仕方がない。


「平凡な俺には『郵便屋』がお似合いだ」


 フッと笑ってそう告げた。

 幼い頃の夢物語には特に未練なんて無い。

 背負っていた重いカバンをよいしょと改めて背負い直し、そうサラッと告げ片手を上げる。


「じゃぁ、俺はそろそろ本来の仕事に戻る事にするよ。俺の仕事を待ってくれてる人が居るからな」


 そんな言葉を最後に置いて、俺はタッと地を蹴った。

 数歩走ってそのまま近くの建物の屋根に上り直す。


 その時僅かに、「まぁ確かに『郵便屋』が居なくなったら困る街民は多いのはその通りじゃがなぁ」というじいさんの声が風に乗って耳に届いた。

 が、その後に続いた言葉を聞く気はなく、聞こえた言葉もすべて聞かなかった事にしてまた屋根伝いに走り出す。


 目指すは次の配達先だ。



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