辺境伯領のタダ人には『郵便屋』がちょうど良い。 ~幼馴染はみんな『英雄』候補者だけど、どうか勝手にやってくれ。~

野菜ばたけ@『祝・聖なれ』二巻制作決定✨

第1話 『英雄』を目指した俺は今。



 ――子供の頃、俺達はとある約束をした。


「なぁお前ら!」


 商人や街民や冒険者たちでごった返した大通り。

 そこから一本入ったその細路地は当時よく遊び場にしていた場所で、その日もその一角で遊んでいた所だった。



 声を上げたのは、この4人ではリーダーと言っても良いヤツだ。

 ソイツが木箱にタンッと乗って、俺達を見てこう告げる。


「俺達で、この街の守護者に……『英雄』に、なってやろうぜっ!」


 腰に手を当てて胸を張りそう言い放った彼の瞳は、興奮に煌めく金色だ。

 そこには明らかな対抗心がギラついているが、それを高い位置で結わえた彼の赤髪の軽やかな揺れが緩和する。




 ――英雄。


 彼がそう言ったのは、たぶん最近『国を守った王都の英雄』の話を小耳に挟んだからなんだろう。



 この街は、魔物が出る森と隣接している。

 そしてソレを倒し街を守る強者を、みんなこぞって『守護者』と呼び持て囃すのだ。


 故に男ならば誰もが一度はその胸に「守護者になる」という夢を抱く。

 その話と『英雄』の話がよく似ていたから、目立ちたがりな彼はきっと対抗したくなったんだ。



 彼のこの言葉を聞いて、俺は「また大きな事を言ってるな」と心の中で呟いた。

 が、平常運転の彼に他の連中もこれまた平常運転で応じる。


「まぁそのくらい、わけは無いと思いますがね」


 水色の髪の少年が、クイッと癖でメガネを上げながらそう言った。

 自分の言葉が真実になると、信じて疑わない声だ。

 しかしそう言えるだけのものが確かに彼にはある。


 と、それに続いて黒髪短髪の少年がポツリと落とす。


「強くなる。それは俺が元々持っていた目標だ」


 いつもは無口だっていうのに、珍しく言葉を口にした。

 端的ではあるものの、そこには他人には決して曲げられぬ明確な意思が備わっている。



 が、俺は二人とは違う。


「……そう、なれたらカッコいいよな」


 俺はきっと、なれないだろう。

 大層な夢を平気で口にできる彼にも、ほぼ即答で「是」を返せる彼等にも。


 そんな羨望と諦めの気持ちが、俺にそんな言葉を言わせた。

 すると三人の視線が一斉に俺へと刺さる。

 

「覇気がないぞ! お前も一緒にやるんだからなっ?!」

「セルジアート、貴方は全く相変わらず……」

「……」


 口々にそう言われ、俺は「ごめんごめん」と言って笑った。

 ヘラッとしたその顔が、彼等にはいったいどんな風に映っただろう。

 それは俺には分からない。



 もしかしたら、あの時の心持ちこそが俺と彼らの将来を隔てたものだったのかも。

 今になってそう思ってしまう俺は、もしかして凡人にしかなれなかった自分に後悔しているのだろうか。


 否、そんな事はない筈だ。

 だって俺は――。




「ドッ、ドロボーッ!!」


 誰かがそう空に叫んだ。


 今日は青天、今は昼下がり。

 視界は実に良好で、屋根の上を走っていた俺が足を止めて見下ろせばすぐに原因は見つかった。


 人の流れよりもずっと早く街中を突っ切る、濁った金髪の頭が一つ。

 そいつの手には幾つものリンゴたちが抱えられている。



 竹で作られた籠も抱き込まれているんだからきっと、八百屋に並んでいたのを籠ごとぶん捕られたんだろう。

 明らかに、窃盗だ。


 しかしヤツを止められる人が現れない。

 ヤツの勢いに驚いて、思わず飛び退く街の人々。

 避けられない者は全て、弾き飛ばして前に進む。


 中にはその逃走者を止めようとする者も居たが、相手の肩を掴んだところでその手をすぐに引っ込めた。

 引っ込めた手についた色は赤、グッという痛みに苦悶する声と共に手を抱えた被害者に、ヤツはニヤリと笑みを向ける。


「あぁゴロツキだな」


 上からでも垣間見えたその顔に、俺は見覚えがあった。


 この街にも、仕事はしないのに金や食べ物は欲しいというチンピラが居る。

 そういう連中がたまにこの街でこうしてちょっとした騒動を起こすのだ。


「ナイフ持ち。伸びてきた手に身を翻して切りつけた手腕的には……まぁ素人ではないんだろうが」


 太陽に照らされて曇ったにび色に光る切っ先を眺めながら、「あれは多分冒険者崩れなんだろう』と相手に対して当たりを付ける。



 ヤツに追いすがる人影が一つがあるが、エプロン姿のその男は確かただの八百屋のじじいである。

 崩れだろうが冒険者だったやつ相手に、追いつくのは難しい。


「近くには冒険者も警邏も連中も居ない……か」


 こういう時、大体はそういう通りすがりが事を収束させる。

 しかし生憎と、今はそれが居ないらしい。



 間が悪い。

 心の中でそう思いつつ、一つ小さな舌打ちをした。


 背中に背負ったパンパンのカバンをよっこらせと背負い直してから、足場の屋根を強く蹴る。


 直線距離で、約30メートル。

 すぐさまスピードに乗って、その距離を一気に走り抜けた。

 ヤツを視界に捉えながら、自分の移動速度と相手のソレとの差を目算で測る。


 そして屋根を飛び降りた。



 踏切の音は、微塵も立たない。


 小さな浮遊感の後に急降下。

 俺自身の体重に、背負っている荷物たちの質量。

 その上高い位置からの降下である事も助けて、落ちる速度も加算される。

 

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