第35話 人間振り子①


「なんとも、怖い話だな……」


 いったんの語る昔話に身震いがした。

 何が怖いのか、自分でもよくわからない。


 ──ただ、人が怖い。


「なんで、その女僧を人柱にしたんだ? だって、その人は、村人達のために尽くしたんだろ?」

「まぁ、そこが、動物的本能にゃのかもね。いざとなったら自分以外はどうでもいいって」


 いったんは、手をこめかみに押し付け、まるで猫のように顔を撫でながら続けた。


「こんにゃ事例は、いくつもあるんじゃにゃいの? いじめられた人を助けたら、標的が助けた奴ににゃったとか、ちょっと他と違う人とか、ただ何となくでみんなにゃ、虐めたりするんじゃにゃいの?」


 ──ただ、なんとなくって……。


「いじめや、迫害は、伝染するのよ。空気を読む、と言うなんとなくの行為で戦争だって起こるものよ」


 メリーの一言に、鉄のような重みを感じた。


 ──伝染……。


 ブンブンブン──ヴヴゥゥ──ン

 

 着信のバイブレーションが、凄い音を立てて、スマホが、机の上を騒がしく踊り出す。

 画面には〝望月 夢見〟の文字。


 ──何か、あったか?


 ピッ──と、スマホを取る。


「はい國枝」

『もしもし』


 予想していた緊急事態というには、あまりにも落ち着いた声だった。


「どうした?」

『妹が、また乗っ取られたみたいでね。どうしたらいい?』


 ──いや、緊急事態ッ!


「どんな感じだ?」

『ゴメンなさい、と言い続けていて、首をヘッドバンキングしているよ。地獄のデスメタルのようね』


 ──ヘッドバンキングッ!? デスメタルッ!?


『今日は、親がいないの。ひと時も目が離せない』

「いつもどうしているんだ?」

『いつもは、親と変わる変わる、監視をしているんだけど……』

「それは、確かに困るな……」


 そう言いながら、時計を確認すると、時刻は夜の九時を過ぎていた。

  

「時間も遅いな……」

『そうね』

「とりあえず、そっちに行こうか?」

『来てくれると助かる。専門家にいてもらえるなら心強いモノ……」


 ──いや、まじで何もできないから……。

 

「その心強さを秒で折る事になるけど、別にいいか?」

『ついでに下心丸出しの、不良少年を家に入れだけになりそうね……』


 ──よく、わかってるじゃねーか。


『とりあえず来てくれる?』

「え!? いいの!?」

『妙な声の弾みね。一体、何考えてるの?』

「べ、別に……」


 いったんが、ジロリと大きな目でコチラに見つめる。


「忘れるにゃよ。お前さんの童貞は、あと四回あるからにゃ」


 いったんの言葉を他所に、部屋のドアを勢いよく開いて飛び出た。

 俺には、ワクワクしかない。

 

「いってきまーす!」


 望月の住所をナビに打ち込み、バイクを走らせた。

 時間も時間で、車通りも少ない。

 スイスイと進む。これならすぐに着きそうだ。

 信号待ちの瞬間、空を見上げると、綺麗な三日月が見えた。

 

 視線を前に向き直し、点滅する信号機を注視する。

 ピカッと、青い信号灯が光だし、ドゥルルルッ──とフルスロットルでVストロームが、走り出す。


 ◇◇◇◇◇◇


 ──間の悪い奴っているよな?

 

 例えば、楽しみにしていたキャンプの日に、突然緊急の急用が入ってきたり、


 大事な用事がある日に限って、バイクが壊れたり、


 赤信号を連チャンで喰らったり、


 夜の楽しみ、エッチな動画を見ている時に、いつも無関心の親が、そんな時に限って部屋に入ってきたり……。


 楽しい事をやろうとすると、必ず邪魔が入ってくる間の悪い奴。


 どっかのトイレを借りた時に限って、トイレットペーパーが、切らしていたり……。


 ちょうど今の俺みたいに……。


「おっす〜、國枝っち」


 望月の部屋に上がると、見覚えのあるロシアンハーフの美少女が、畳の上に座っていた。

 灰色に近い金髪のお団子頭、青い大きな目、日本人離れしたハリウッドとかに居そうな顔立ち。


 紺色のスキニージーンズに、クリーム色のカーディガンとシンプルな服装なのに、それが際立って美少女感が、増し増しに見える。そう──、


 ──鈴蘭渚だ。


「おう」


 絶望感を隠しながら、何気なく、あたかも「いるのは、わかってたぜ?」的な雰囲気を醸し出しながら部屋に入った。


「適当に座ってね」


 引き締まった肉体をあらわにした、望月がホットパンツとキャミソールという、國枝殺しの格好で待ち受けていた事に、更に絶望は否めない。

 深いため息を吐きながら、鈴蘭の隣に腰を下ろした。


 ──あの子が……。


 望月の隣には、妹が膝を抱え、座っていた。

 こちらを見るなり、気まずそうに、愛想笑いを浮かべて会釈した。


 ──今は、ノーマル?


「鈴蘭は、いつ来たんだ?」

「私もさっき着いたばっかりだよ」

「へー、その子。今は普通の状態だよな?」

  

 視線を望月の妹に向けて、切り出した。


「えぇ、ちょうど渚がくるちょっと前に戻ったの」

「えーと……」

「音話です……。望月音話……」


 俺の気持ちを察したのか、音話はボソボソっと小さな声で、名乗ってくれた。


「音話は憑依されてる時、意識はあるのか?」

「いえ……、あの……、全く覚えないです……」


 片目を長い髪で隠した、如何にも気の弱そうな子だ。空手チャンプの姉とは、正反対な性質が、身にまとう雰囲気から滲み出ている。


「音話ちゃん、せっかくちょちょ切れるくらい可愛いんだから〜、前髪おもっきしアゲポヨして、デコポンしちゃった方が、絶対可愛い〜って!!」


 前のめりに鈴蘭が迫り。右手で音話の前髪をかき揚げた。

 その顔を三人で、一斉に覗き込む。

 姉のキリッとした精悍な顔立ちとは違って、垂れた眉があらわになり、どことなく困った顔で助けてあげたくなる。


「確かに」


 俺の一言に、顔を耳まで、ゆでダコのように真っ赤にし、恥ずかしそうに顔を両手で覆い隠くした。

 皆でからかって笑っているが、一向に手を退けようとしない。


 ──おいおい、どんだけシャイなんだよ。


 からかい過ぎたか? 五分以上両手で覆い隠している。可哀想だったかと、そう思って、姉の方に目をやると──、望月夢見の顔は青ざめていた。


「どうした? 望月?」


 こちらにゆっくりと顔を動かす。

 望月夢見の唇と指先が、震えていた。


 ──まさか!?


『ごめんなさい、ごめんなさい……ごめんなさい』


 音話は顔を覆い隠したまま、上下に揺れはじめた。

 最初は、小刻みに……、

 徐々に、揺れ幅は大きくなり、振り子のように、

 どんどん早く……、どんどん大きく……、


『ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイッ、ゴメンナサイ!』


 後頭部を床にゴツンとぶつけ、

 そのまま勢いよく反対に、額を床にゴツンッとぶつける。

 

 ゴメンナサイと言う言葉と共に、時計のように──、


 ゴツン、ゴツン、ゴツン、ゴツン、ゴツン、ゴツンと首を振り子のように振った。


 その尋常ならざる光景に、一同が言葉を失い、凍りつく。

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