第34話 人柱


 アポロ通りの路地裏、いかにもコワモテの人間達が、たむろをするビルとビルとの間にある、薄暗い通り。

 

 空き缶や破れたビニール袋が、バサバサ音を立てて、あちらこちらに引っかかっている。

 外国人が道端に座り込んだり、朝まで呑み明かした輩達が、大騒ぎをしている。


 カフェASIYAは、そんな場所の一角にある。

 

 それとは対照的に、反対方向の裏通りは、風船があちらこちらに飾り付けられ、ファンシーな雑貨屋、お洒落なカフェ、古着屋、ライブハウス、ロリータショップ、映画館、など、若い学生達の溜まり場になっている。道端で、大道芸人が陽気な音楽と共にパフォーマンスをしていた。


 通り過ぎるオシャレな学生やカップル達が、ヒソヒソしながら、こちらに視線を向ける。

「あん? コラッ、あん?」と、眉間いっぱいにシワを寄せて、赤べこにように首を揺らし、睨みながら、俺は歩く。


 ──リア充どもめ。くそがぁ!

 

 こっちの通りは、俺には少し居心地が悪い。しかし、今回の俺の目的地のバイト面接地は、よりによってこのファンタジーな通りにある。

 スマホのナビの案内されるがまま誘導された。


『目的地に到着しました。お疲れ様です』


 感情なき言語が、ナビから告げられ、周囲を確認する。明らかに一軒だけ、店並が異質な建物があった。


 ──ここ……が? こんな店あったかな?


 その人形店は、ほかのファンシーなショップ達と違って、一箇所だけ、古びた骨董品屋のような出立ちだった。

 

 長い間、アポロ通りは行き来してきたが、こんな店が、存在していた事を知らなかった。

 入口は、立て付けの悪そうなボロボロの引き戸で、その横の大きな窓からは、店内が見渡せた。

 

 看板だけが、何故かピカピカで真新しい。大きな字で『ポルシュ』と書いてある。歩み寄り、窓を覗きこんで見る。


 たくさんの人形達が、整然と窓際に並んでいる。

 奥側に無表情で突っ立ている、メイド服の、若い女性が見えた。


 ──あの人は、店員?


 電話を受け取ったのは、いかにもヨボヨボのじいさんだった。きっと、彼女はバイトなのだろう。

 しかし、変だ……。

 こんな店にバイトが、二人も必要か? 見たところだと、誰も寄り付きそうにない。

 

 ウィンドウ越しに見える人形の値段も、平均五万を軽く超える高価なものばかりで、俺たちのような若者が買うとは思えなかった。


 引き戸をガラッと開けてみる。

 途中でつまずき半開きになった。

 力を込めて無理矢理、開ける形で中に入る。


「すいませーん」


 埃っぽい店内に声が響く。

 反応がない……。


「すいませーん」


 もう一度、声を張り上げながら、窓越しに見えたメイド服の女性に近づく。

 ところが、例の女性の顔に生気はなく、瞬き一つなく、ピクリとも動かなかった。

 

 ──人形?


 よく見てみると、人ではなく、精密に作られた人形だった。驚くほど質感が、人間のそれで、今にも動き出しそうな作り込みだ。


 ──え? まじ?

 

 関節の滑らかな佇まい、下に視線を落とした自然な表情。指先の一つ一つが、女を強調する曲線美。

 あまりの美しさに見惚れてしまい、立ち尽くしてしまった。


「よくできているじゃろ」


 突然、聞こえてきた老人の声に、体がビクッと反応する。鼓動が体をノックした。


 ──闇に潜む、重要人物みたいな登場しやがって、ビビらすんじゃねーよ。


 慌てて振り返ると、車椅子に座った高齢のじいさんがいた。その予想だにしなかったフォルムに、またもや、ビクンとビクついた。

 二度見ならぬ……、二度ビクだ。


「あっ、どもっす」


 軽く会釈をすると、じいさんは、カラカラと車輪の音を鳴らし、目の前にまで来た。

 

 真っ白な白髪頭。

 

 ボーボーの白い眉毛に目が埋もれていて、髭も伸び切っている。顔のフォルムが、もはや、ただの白い毛だ……。

 俺の顔を見上げて静止する。


 ──そんなに見つめんなし。気まずいな……。


「いつから来れるかの?」


 ──は? まだ履歴書も見せてないぜ。


「あ、いや、週一、二、くらいでもいいっすか?」

「構わないよ。どうせ客なんか、来やせんし」


 ──なんで雇ったし? まぁいいか。


「いつからでも、いいっすよ」

「それじゃあ、来週の水曜日から来てもらえるかい?」

「わかりました」


 ──チョロかったな……。


 そんな感じで、俺の人生初のバイトは決まった。


 ◇◇◇◇◇◇


「ただいま」


 そう言って部屋に入ると、メリーといったんが、俺のベットで本を読んでいた。


「帰ったかにゃ」


 いったんは、視線をこちらに移すと、その一言だけ言って、視線を本に落とした。

 隣にいるメリーは、ただ静かにこちらを、見つめていた。

 学ランを脱ぎながら、メリーに歩みよる。


「胸は、どうだ?」


 ハンガーに学ランをかけ、壁際に干す。

 

「人形ですもの、痛みも、何もないわ。少し不愉快なだけよ」


 静かな瞬きで、青い宝石のような瞳を隠し、メリーはつぶやいた。


「人形屋の面接に言ったんだ」


 いったんは、耳だけをピクピクさせて、聞く耳を立てる。


「あら? ご主人様は、変な趣味に目覚めたのかしら?」


 変質者に相対するかのように、体を両手で覆い隠すような仕草で、メリーは言った。

 

「──いや、お前のその穴を治そうと思ってな」

「必要ないわ。私には、何不自由ないもの」

「まぁ、そう言うなよ。せっかくだし、これを機に少し人形について知ろうかな……と……」

「──ふうん」


 とくに興味を持たずといった、無関心な相槌をする。


「ところでお前ら、栗八佐和ダムって知ってるか?」


 問いかけに反応を示し、いったんが顔あげた。


「栃木県内では、有名にゃスポットにゃ」

「さすがは、いったんだぜ。情報を教えてくれるか?」

「人柱にゃ」


 ──人……、柱?


 まるで、そんな事も知らにゃいのか、と、でも言いたげに深いため息をつく。


「ここで、問題にゃ。人柱とはにゃにか?」

「読んで字の如く、人が柱になるってんだから、人が支えてるって事だろ?」

  

 いつもの問答の問いに、目を細める。

 

「近いようで、遠いにゃ……、可もなく不可もないにゃ、明日は、悪いことも起きにゃいけど、良いことも起きにゃい……、そんな日にしてやるにゃ」


 ──それ、普通オブ普通。


「簡単に言えば、生贄よ」


 メリーが、横から言葉を付け加える。


「生贄? なんの?」

「ここまで感が鈍いと、教え甲斐がありすぎて、ただただ面倒くさいやつにゃ」


 ──KO・NO・YA・RO・U!


「昔々、あのダムは忌地と言われた場所でにゃ──」


 それは、昔。

 あの地には、小さな村の集落があった。

 村人は三十人ほどで、助け合いながら、それは仲睦まじく生きていた。

 

 しかし、その地では、水害が頻繁に多発していて、食糧難に苦しみ、飢餓状態のことも多かった。

 

 ──ある日の事。


 そんな村に、旅の女僧が訪ねてきた。

 時刻は夕暮れ時、この先の人里までは、どんなに見積もっても一日中歩かなきゃならない。

 

 集落の外は、獣道しかなく、熊や猪といった野獣も出没するので、このまま先に進むのは、危険だった。


「一晩の宿をお借りしたい」


 旅の女僧を、村人達は快く受け入れた。


 その晩、大雨が降り出し、村は水害に見舞われた。それを機に、村人達は女僧に、どうか鎮めてほしいと懇願した。

 女僧は快く引き受け、三日三晩かけて祈祷をした。

 

 しかし、時期は六月の月。

 雨はやむ事なく、降り注いだ。

 学のあった女僧は、地の理が谷底にある、この地から集落の移動を進めた。

 学術的にも、谷底には水が流れてしまうため、水害はどうしようもないものだと説明した。


 しかし、村人達にいくら説明をしても、地の理を理解できなかった。

 そこで女僧は、僧侶らしい説法で理を解いた。

 忌み地であり、祟られた地であると説明をし、集落の移動を促した。

 ある一言を添えて……。


「人柱でも建てれば、違うのですがね」


 残暑が残る、マツムシが鳴く初秋。

 その言葉を聞いた村人達は、その女僧を殴り殺し、人柱とし、大雨で出来た池に、岩に縛りつけた女僧を沈めた。


 季節は秋口、水害は鎮まり、これを成就とした集落の者達は、災害がある度に人柱を立てたのだった。


 ──あのダムの底には、その集落が沈められている。

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