第32話 バイト探し


「うぉいッ! 力漢りきおッ!」


 ニヤリと笑った懐かしい顔を見て、思わず泣きたくなった。俺は自分が思っているより、ずっと頼りなく、ずっと誰かを頼りたい人間だったみたいだ。


「なんだよ、そんな子犬みて~な顔をして」


 ──WON!


 俺は、メリー以外のこれまでの経由を全て伝えた。

 三雪みゆきちゃんのコト、蘆屋あしやのコト、赤羽あかばねのコト──。

 俺たち三人は、幼馴染だ。

 その分きっと、俺のようにショックもでかい……、かもしれない。

 

 ──が、思っていた反応とは、ほど遠かった。

 赤い人の話を聞いても「へ~」と、動揺することもなく、力漢は受け止めた。

 正直、内心「は? それだけ? 赤羽なんだぞ!」と詰め寄りたくなる程、そっけなく思えた。


「それだけか?」

「何が?」

「だって、赤羽が──!」


 と、言う俺の口をさえぎる。


「お前は、何が不満なんだ?」

 

 と力漢は、真顔で言う。


「は? 赤羽が……、赤羽が、赤い人になっちまったんだぞ!?」

「だから?」


 ──だからって、こいつ……。


「赤羽が赤い人だろうが、赤羽は赤羽だろ。だけじゃねーか」

「いや、でも──」

「何が違う? 学校で会えないことが、そんなに不満か?」


 ──んなわけねぇーだろ。そういうことじゃ……。


「んじゃ、どう言うことなんだよ? 赤羽が赤羽かどうかなんて、あいつがいつも言っているように、お前が思ったことでしかねーじゃん」


【そう思うなら、そうなのでしょう】


 頭を赤羽の言葉がかすめる。


「俺らは、社会的にみたら悪だ。間違いなくただの不良で、社会にとっての悪だ。でも、それ決めてんのは俺らじゃねーだろ? お前にとって、俺は悪か? 俺にとってお前は悪か?」


 力漢は川に向かって小石を投げた。

 ジャプ──ジャッ──ジャッ──

 と、石は水切りを三回したのち、

 ポチャン──と、波紋をたて水の中に消えていった。


「社会が決めてるだけだろ? 俺らにとって俺らは、俺らじゃねーか。どんな人間だとか、どんな社会だとか、結局は誰かが、勝手に決めつけてるだけじゃねーの?」


 ──赤羽を赤い人と決めたのは、俺の心……。


「ほら、今お前、そんな風に思うはずじゃなかった、なんて思ったろ?」


 力漢は振り返り、胸ポケットのクシで自慢のオールバックを整える。


「俺らはそうやって、思い込みで生きてんだよ。あいつは強ぇーとか、あいつは悪りぃとか、どうして他人を思い通りしようとすんのさ?」


 ──あぁ……、本当にそうだよな……。

 

「目ぇ~、覚めたわ。そうだよな、赤羽は赤羽だ」

「な?」


 力漢はニヤッと笑った。

 本当にいい親友をもった、心からそう思う。


「ところでお前……、その格好……」


 俺は力漢の服装を、上から下まで見つめながら言った。力雄は何故か、全身真っ白のコーディネートだった。

 

 白いシャツ、白いズボン、白いベルト、白い革靴。

 それで、金髪のオールバックだ。

 目立つことこの上ない。


 ──まるで高田馬場ゲートウェイパークの……。


「キングみてぇーだろ?」

「あぁ……」


 俺たちは、久しぶりにやっと笑えた。

 張り詰めていた糸が、ほぐれた気にさえなった。

 今度赤羽に会ったら、いつも通り軽口を言い合おう、そんな風に思えた。


『そろそろ時間だよ。竹内くん』


 後ろから、凛とした男らしい、それでいて気品のある声がした。

 振り返ると見たことのある、イギリス風紳士と美人のメイドが立っていた。


 ──あの時の!?


『やぁ、また会ったね。やはり私の感は正しかっただろう、セバスチャン』

「数百年振りに伯爵の感が冴えただけです。つまり──、たまたまです」


 俺は力漢との繋がりがわからずに、目で訴えかけた。その視線をキャッチした力漢が「あぁ、そうだったな……」と言って、伯爵と呼ばれた男を手招きする。


「紹介するぜ一護。この人が電話で言った協力者さ。お前に蘆屋? とか言う協力者がいるように、俺にも伯爵という協力者がいるんだ」


 伯爵と呼ばれた男は、俺に歩み寄り、手を差し出す。

 多分、握手を求められている。


『私はサンジェルマン。昨日振りだね』

「先日はどうもっス」


 あの時、この人がいなかったら、俺は今頃どうなっていたかわからなかった。あの七人の骸骨僧侶に……、思い返すとゾクっとした。

 感謝の意を込めて、手を握り返す。


『こちらの美しいレディーは、私の使用人のセバスチャンだ。キツイ性格だが、見た目がタイプでね』

 

 そう言って、美人メイドに手を向けた。

 

「今の時代で、そのような発言は問題発言ですよ伯爵。つまり──、セクハラです」

 

 セバスチャンはスカートを少し摘み、上品に会釈をする。


「んじゃ~、俺らは、これから行かなきゃならないとこがあるから、またなッ!」

「ん、おぉ……、あぁ……」

『ごきげんよう』


 呆気に取られてるいる俺を尻目に、三人は立ち去っていく。少し進んだ後にセバスチャンが、振り返り頭を下げた。

 そうして三人は、去って行った。

 

 理解が追いついていない。

 だいたい、何の協力者なんだ?

 そう言えば、武道の話とかしてやれなかったな……。次は会ったら、家に帰るように言わないとな……。


 ◇◇◇◇◇◇


 家に帰ったのは、夕方過ぎだった。

 玄関の靴を見ると、ローファーが並べられている。

 俺より先に、千鶴が帰宅していた。


「ただいま」

「おかえり~、早かったね」

「ん、あぁ、サボった」

「そっか」


 千鶴は台所に向かう。


「あれ? 親父とみっちゃんは、また出かけた?」

「うん。また旅行~」

「おいおい、またかよ」


 ──まぁ、仲がいいことはいい事だけど。


「お兄ちゃん~、今日カップラーメンなんだけど~」

「あぁ、なんでもいいぜ」


 洗面所で手を洗いながら返事をする。


「右の赤いキツネと左の赤いキツネ、どっちがいい~?」


 ──どっちも赤いキツネじゃねーかよ。

「どっちでもいい」


 そう言って、ダイニングテーブルに着いた。

 千鶴が、二つの赤いキツネにお湯を注ぐ。


「ねぇねぇ、もうすぐ私の誕生日だよ」

「ん? あぁ~、来月そうだったな」


 上目遣いで俺をじーと見つめてくる。

 言いたいことは、言わなくてもわかる……。


「チッ、わかったよ。何が欲しいんだよ」


 ピコン──と、携帯にメッセージが入る。

 千鶴のほしい物リストが送られてきた。

 開いてみると、某ブランドのネックレスだった。


 ──値段は、え~と……。うわッ!?

 二万四千……。おいおい、高いなぁー。


 ニコニコしながら俺の顔を見る。

 高校生の俺からしたら、超大金である。

 深いため息を吐いて、しかたねぇーなと諦める。


 ──バイトするか……。


「三分経ったよ」

「おう」


 二人で手を合わせる。

 

「「いただきます!」」


 蓋を開けると、フワッと出汁の香りが鼻腔をノックする。

 千鶴の手が、俺の赤いキツネに伸びてきた。

 当然といった顔で、自分の赤いキツネと入れ替える。


 ──今日の隣の芝も真っ青だぜ。


「おっと……」


 カタンッ──、手元から箸が滑り落ちた。

 床から拾い上げるために、テーブルに潜り込む。

 箸を拾い上げ、うどんをすする千鶴の足から、ゆっくりと視線を上げていく。


 ──今日は、黒か。


 國枝家の仁義なき闘いの攻防を制したのは、やはり俺だ。


 ◇◇◇◇◇◇


 自室に入ると、いったんがベットで横になり漫画を読んでいた。

 メリーは、人形体のままだ。


「メリー、胸は大丈夫か?」


 人形に話しかけるが、うんともすんとも言わない。

 ため息を吐き、いったんの横に座る。


「んにゃ?」


 猫娘は首をあげて、視線をこちらに向けた。

 手元の転生マッスルの漫画は、ミノタウロスのハンゾー戦だ。


「メリーの具合はどうだ?」

「どうもにゃにも、人形に具合なんてにゃいよ。たとえ首から上がにゃくにゃっても、メリーはメリーにゃ」


 ページをぺらりとめくる。


「お前ら怪異って体のパーツ入れ替えたらどうなるんだ?」


 いったんは、おもむろに天井を見上げて考え込む。


「にゃんで?」

「例えば、ボディを新しいものに入れ替えたら?」

「ボディが新しくにゃる」

「んじゃ、手を入れ替えたら?」

「手が新しくにゃる」

「そうやって一つずつ、全部新しくしていったら?」

「全部、新しくにゃる」

「それって、どこからがお前たちなんだ?」


 いったんは、漫画をパタン──と、閉じた。


「にゃるほど、お前さんはそれは気にしているのかにゃ」

「そりゃあ……、な」

「例えばにゃ、お前さんの妹が死んだとして、お前さんの妹の死体が、そこに転がってたとするにゃ」


 ──ぶっそうだな、おい。


「それは、誰の死体で、誰にゃ?」

「そりゃあ、千鶴の死体で、千鶴だろう」

「んにゃ今度は、生き永らえさせるために、臓器から、体のパーツまで、全部入れ替えたら、それは誰にゃ?」


 ──それはカスタム千鶴だ。


「それも、千鶴にゃんね。今の二つのパターンをよく考えてみにゃよ。一つ目は、死んで中身が空っぽにも関わらず、千鶴にゃ」


 いったんは、ベットからピョンと飛び降りて、転生マッスルを本棚に戻す。

 いったんが持っているのは、十四巻だ。

 それを一巻と二巻の間に、適当に入れるとこを気にしつつ、俺は話の続き待った。


「二つ目は、どうかにゃ? 外側が全部千鶴じゃにゃいのに、中身が千鶴にゃんね? にゃけど、別人を連れてきて千鶴にゃッ! と言ったにゃら?」


 猫娘は、転生マッスル十五巻を手に持ちベットにピョンと飛び、戻ってきた。


「そいつは、別人だよ」

「にゃら、何を持って千鶴なのかにゃ?」


 ──こんな話、前にも赤羽とした覚えがある。

 存在の概念というものは、曖昧なもの……。


「結局、にゃにをもってにゃにとするか、は、個人にゃいし集団の認識でしかにゃい。概念にゃんて物は、お前さんたち人間が、勝手に認識しているだけの物にゃ」


 そう言って、いったんは再び漫画に視線を向ける。


 ──何をもってメリーをメリーとするか……か。

 まぁ、とりあえずボディを変えても問題がないと言うわけでいいよな?


 千鶴のプレゼント、メリーの修理代。

 お金がかさむのは明白だ。

 俺は、携帯でバイトの求人サイトを開いた。


 コンビニ、ファミレス、デリバリー、接客業ばかりで、どれも俺の外見と性格には向いていない。

 スクロールを下にして行くと、気になる文字に指を止める。


 ──人形技師のバイト……。

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