第28話 壊れた初恋


「こっちもこっちで、電話に出やしねぇ……」


 独り言をブツクサ言いながら、スマホの電話を切る。


 ──そう言えば三雪ちゃんは、どうなったんだろうか……。


 あの陰陽師は、蛇女を一日かけて除霊すると言っていた。

 そろそろ終わった頃か?

 蘆屋に電話をかけた。


『はい、蘆屋』


 受話器の向こうから、いつも通り気怠そうな声がする。


『三雪ちゃんかい? もう大丈夫さ』

「払えたんですか?」

『いや、払えてないよ』


 ──は?


『あれは元々、三雪ちゃんの感情そのものだからね〜。だから三雪ちゃん中にしずめたのさ』


 ──何それ、某少年漫画みたいに神を体に封印したってこと?


『まぁ、その認識でいいよ。知らんけど』


 ──知らんのかいッ!?

「右腕は治ったんスか?」

『あれはまた話が別さ。言っただろ? 時間がかかるって』


 ──右腕はまだ動かないのか、不憫だ……。


『これから彼女はうちでバイトするんだし、のんびり治療していくよ』


 ──マジで働くんだ……。

「ちなみに時給っていくらなんスか?」

『それがさぁ〜、彼女変わっているとは思っていたんだけどね〜。給料は呪物がいいと言うんだよ』


 ──新しい資本主義のKA・TA・CHI!!


 東雲三雪は本当に【ASIYAコーヒー】で働くらしい。

 蘆屋という怪しい男がいる上に、呪物の飾り付け、そこに追加された右腕が動かない死んだ目をした少女。


 ──地獄のような光景だ……。


『それじゃあ、引き続き調査を頼むよ〜。薄情者の國枝くん』


 プツリ──、電話が切れた。


 蘆屋の軽いノリは、信用にならない。

 だけど今回のような重大な案件は何故か、この軽いノリに心を軽くしてくれた。

 そんな事を思いつつ、カヤバシが書いた地図を広げて歩き出した。


 ──ちきしょうカヤバシめ……。

 こんなに遠いなら、ちゃんと言えよ。

 この地図じゃ二、三十分のエリアと勘違いすんだろ……、単車に来ればよかったぜ。


 カヤバシが書いた手書きの地図は、世界地図レベルの大雑把なものであった。点と点がいくつもあるだけでとても教師が書いた地図とは思えない。


 地図で見ればすぐそこだが、すでに一時間は歩いている。

 秋の空は、すっかりと暗くなり時刻はすでに七時を過ぎてしまった。吹いた風が当たると少し肌寒い。


 ──おまけに、どんどん市街地から外れているぞ……。


 人気のない道をズンズン進んでいく。

 こっちだよな? とキョロキョロしながら歩いていると、カーブミラーが視界に入った。

 自分の姿を一瞬確認して、再び道を探す。


 ──ん?


 一瞬見た自分の姿に違和感を感じ、再度ミラーを確認した。

 そのミラーに映し出された自分の姿を確認して息が詰まった。


 後に黒い影が立っている。

 

 力漢の家で見かけた、あの黒いモヤ。

 それはシルエットだけで顔はない。

 ただただ真っ黒だ……。


 ──着いてきた? 振り返ったら──やばい。

 

 本能がそう訴えかける。

 どうしていいかわからなくて頭がぐるぐる回る。

 とにかくここから離れないといけない、そんな気がしていた。


 シャン、シャン──。

 

 前方から鈴の様な音が聞こえてきた。

 人気のない路地。

 背後に黒い影……、そして前方から鈴の音。


 行くも地獄、引くも地獄……。

 俺はどうしていいかわからず立ち尽くしている。

 膝の裏から汗がツーとしたたり落ちる。

 鈴の音に耳を傾けてみる。


 シャン────カッ、シャン────カッ。

 

 シャンと鳴らした後に、杖で地面を突くような乾いた音が続く。

 その音は徐々にこちらに近づいてくる。


 ──一つじゃない……、錫杖しゃくじょう


 近づくにつれ、その音は増えていく。

 身動きが取れない状況にゆっくり忍び寄る恐怖感。

 スーと肝が冷えていく。


 錫杖の怪異に背後の黒い影。

 遭遇するようになって、色々調べてはいたものの、両方とも怪異の検討がつかない。

 

 ──つまり、制約も判断できない。


 前から三度傘さんどがさが見えた。

 錫杖をシャンと鳴らしていたのは、白い法衣をまとった僧侶だった。


 ──坊さん……、だった……。

 

 その姿を確認してホッと安心した。

 

 ──何人いるんだ?

 一、二……、三……、四──。


 数えてみると僧侶は七人いた。

 片手を前に出し、印のように指を立て念仏を唱えている。

 シャン、シャンと錫杖を鳴らしながらこちらへ向かって歩いてくる。


 不自然な歩き方だ。

 右足出して、左足を添える。

 一拍おいて、シャン──と錫杖を鳴らしてまた右足を出す。

 

 ゆっくり、こちらに向かってくる。

 カーブミラーに視線を戻し、背後の黒い影はどうしたのかを確認してみる。

 坊さん達のおかげなのか、黒い影の姿はもうどこにもなかった。


 ──助かったぜ。修行僧に感謝しないとな。

  

  目を閉じ、大きく安堵あんどのため息を漏らした。

  力が抜けて顔を下に落とす。


 シャン──


 錫杖の音がすぐ耳元から聞こえた。


 ──えッ?

 

 ありえなかった。

 距離はまだずっと先で、その上であの歩き方で、尚且つ音も立てずに俺の直ぐ隣に来る事はありえない……。

  

 目を開けて俺は愕然がくぜんとした。

 七人の僧侶が俺をぐるりと囲んでいる。

 三度笠で顔が見えない。


 ──なんだよ……これ……。


 スーッと一人の僧侶が、線香の匂いを漂わせ近づいてくる。

 ピタリと俺の目の前で立ち止まった。

 そして、ヌーと顔をゆっくり上げる。


「な……ッ!?」


 三度笠から覗いた顔は、白骨化した骨だった。

 この七人の僧侶は人ではなく怪異。

 俺は凍りついた。

 目を離す事もできず、逃げ出す事もできず、ただそこで終わりを悟る。


『チガウ……』


 僧侶の怪異は暗く太い声でそう言った。


 ──俺は……どうなるんだ……?


『チガウ』

『チガウ』

『チガウ』

『チガウ』

『チガウ』

『チガウ』


 と俺を囲む怪異達も喋り出す。

 ザワザワと風が吹く。

 僧侶の怪異は俺の首元に手をゆっくり近づけてくる。


 ──あ、終わった……。


 そう思った刹那


「すまない少年、ちょっと道を尋ねたいのだが──」

  

 後ろから男性の声がした。

 

「え?」


 振り向くとそこには、黒いタキシード姿の紳士とメイド服姿の女性が立っていた。


 ──は!? 骸骨僧侶は!?


 辺りを慌てて見返すと、先程の怪異の姿は消えていた。


 ──このおっさんのおかげで助かった……のか?


 俺はその場にへたり込んでしまった。


「大丈夫かね?」

 紳士は心配そうに近づいてきた。

「どうしました?」

 メイド服の女性が、手を差し伸べてくれる。

「あッ……、すんません」

 そう言って手を引いてもらった。


 四〇代? いや、三〇代? 年齢が全く読み取れない。若くも見えるし、おっさんにも見える、何より唯ならぬオーラを纏っている。


 キリッとした青い瞳。

 綺麗な白髪でオールバック。

 厳格な貴族を思わせる口髭に

 ところどころに金の刺繍の入った黒いタキシード。

 イギリス人のような、スラっとしていてスパイとかに出てきそうな風貌。


 一方、メイド服の女は姿勢正しく整然とした立ち姿。黒のボブヘアで赤縁のメガネをかけている。

 スタイルの良さがメイド服の上からでもよくわかるボディライン。

 クールな美しい顔立ちは、まさに美人オブ美人。

 

 ──この人になら……踏まれたい。


 そんな今までになかった性癖を開花させるその眼光。二〇代前半といったところか?


「突然声をかけてすまなかったね。驚かせてしまったようだ」

「いや、そう言うわけじゃ……」

「私たちはアポロ通りを探しています。ここからどちらへ向かえばよろしいでしょうか?」

 メイド服の女がそう尋ねてきた。

「アポロ通りなら──」


 俺は彼らに道を丁寧に教えた。


「ありがとうございます」

 と女は頭を下げた。

「ホラッ、やはり私の感は正しかった」

 紳士は、にこやかに女にそう言った。

「いえ、今回は数百年ぶりに伯爵の感が当たっただけです……つまり、たまたまです」

 女は淡々と返す。


 ──数百年ぶり? 聞き間違いか?


「助かったよ少年。ありがとう」


 そう言って紳士とメイドは歩いて行った。


「あ、そうそう」


 男は突然振り返り。


「またそう遠くない未来、君と会う予感がするよ。私の感がそう囁くのさ」


 そう一言いって立ち去った。


 ──キザなやっちゃったな。流行ってんのかそれ?

 赤羽の家から帰るとき真似でもしてみっかな。


 そうして俺は、再び赤羽の家を目指した。


 ◇◇◇◇◇◇


 赤羽の住むマンションは市街地からずいぶん外れた場所にそびえ立っていた。

 辺りは殺風景で、とても古いマンションだった。

 セキリュティもなく、そのまま部外者が進入できてしまう雑な作り。


「え……と七階、七階と……」


 エレベーターに乗り込み七階のボタンを押した。

 

 ──今日はヤケに七の数字を目にするな。

 いい事があるんじゃないか?


 チンッと音がなりエレベーターが開く。

 赤羽の部屋は七〇三号室。

 俺はその部屋の前に立ち、唖然とした──。


 七〇三号室の扉や壁に、呪いのように落書きが

書かれていた。


 死ね

 売女

 殺すぞ

 ヤラセロー

 キチガイ


 そんな卑猥な、禍々しい、呪うような言葉が沢山書かれていた。

 扉のポストは、入り切らない郵便物で溢れ出している。


 ──お、おい。なんだよこれ……。

 本当に赤羽の家?


 表札には赤羽の文字……。

 俺はインターホンを押した。

 返答がない。

 どうしようない胸騒ぎがした。


 頭の整理が追いつかない。

 なんとなく、ドアノブに手をかける。

 ギィィィ──と開く。


 ──空いた。


 俺は赤羽が心配になり、家の中を覗き込んだ。

 電気がついていなくて真っ暗だ。


 ──こ、こんな事あんのかよ……。


 玄関を開けると歩く隙間がない程、びっしりゴミで溢れてかえっていた。テレビで見るゴミ屋敷状態。

 ゴミ袋の上には、いくつもの鼻メガネが落ちている。


「お、おい。赤羽……、いるのか? 入るぞ……」


 俺はゆっくり足元を確認しながら部屋に入った。

 電気スイッチを見つけオンにするが、電気がつかない。


 ──止められている。


 月明かりを頼りに壁伝いに歩く。


「赤羽。いるのか?」

『来ないで!』


 赤羽の怒鳴る声が響いた。

 その緊迫した声を聞いて何かの犯罪に巻きこれた事を想像した。


 ──赤羽を助けないと!!

「お前、大丈夫か?」

 平然な声を装い声のした方へ歩く。


『──来ないで、来ないで、来ないで、来ないでッ!』

  

 赤羽は今まで聞いたことのない声で激しく叫んだ。

 一番奥の部屋にたどり着く。

 赤羽の吐息が聞こえる。


 ──この部屋にいる?

  

 スマホのライトで照らした。


「お、おい……」


 部屋を照らして頭が真っ白になった。

 何が起きているのか理解できなかった。


 部屋の真ん中に髪の伸びた赤い雛人形が置いてある。その髪の長さは、数上メートルはあるだろう。

 床から天井まで、端から端まで、まるで蜘蛛の糸のようにびっちり絡みついている。


「な、なんだよこれ──あ、赤羽!?」


 その横で膝を抱えて座り込んでいる赤羽は、おさげの鼻メガネ姿ではなかった。

 髪を腰まで下ろし、前髪で顔が隠れている。


 あの、真っ赤なワンピースを着て──


「う、嘘だろ? あ、赤羽が……赤い人……」

 

『見たな──ッ見たな見たな見たな見たな見たな見たな見たな見たな見たな見たな見たな見たな見たな見たな見たな見たな見たな見たな見たな見たな見たな見たな見たな見たな見たな見たな見たな見たな見たな見たな見たな見たな見たな見たな見たな見たな見たな見たな見たな見たな見たな見たな見たな見たな見たな!!』


「うわぁぁ──ッ!?」


 俺は転がりながらその部屋を飛び出した。


『アナタニダケハミラレタクナカッタノニ』


 俺は──初恋の人から逃げ出した──。

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