第25話 愛と憎しみの果て


 喫茶店ってどんなイメージがある?

 一般的に考えれば、オシャレ、デートスポット、あとは学生達の勉強やビジネスマンの憩いの場でもあることは安易に想像できる。


 そもそも、一般的と常識の区別ってなんだろうか?

 考えてみれば、世の中は不思議なことだらけだ。

 突然、未知の細菌が現れて社会が機能しなくなったり、昨日まで平和だと思っていた世界が、突然戦争に突入したり、産まれた場所が違うだけで差別の対象になったり、命が宿っていないお金のために命を賭けたり。


 よく考えてみれば、生きてくだけなら何ひとつ合理的ではない……。

 ましてや、お金なんて紙切れの上に人の概念がのっかているだけで、その概念を外したら、ただの数字が書いてある紙切れでしかない。


 ──もしかしたら、明日全部ひっくり返るかもしれない。

 

 何かと「ありえない!」とか、前例がないからとすぐに否定してしまう。非日常に触れないと俺たちの頭は、非日常を認識できないらしい。

 

 どっかの爺さんだってスマホを見た時は、何か未知なる物体でしかないないように「ガラケーが一番」とか言っていた。

 

 それが今はどうだろう?

 

 そんな爺さんもスマホを当たり前のように使っている。

 認識した途端とたん、非日常が日常になっていく。

 そんな非日常を認識させてくれる「ありえない!」が、ブッ詰まった喫茶店がここにある……。


「いらっしゃい」

 

 まず第一にマスターが物凄く怪しい。首の蝶の刺青とか、手の甲の刺青とか、ガッツリ入っている。

 陰陽師とか、カフェの店員というよりも、殺し屋っぽい。

 

 極め付けは店内の飾り付けが、

 全て持ち込まれた呪物だ。

 

 くぎ、血染めの刃物、骨、人体模型、絶対飛び降りの現場にあったであろう靴の数々。

 お札をステッカーの様にペタペタと貼り付けた謎の箱が積まれていたり、カウンターの壁には端から端まで呪いの人形が、ぎっしり詰まっている。

「死ね」とか誰かを呪うための言葉が書かれた絵馬が、至る所でぶら下がっている。

 

 その挙句あげく、蘆屋が「ねぇ、みんな」と問いかけると、呪物がケタケタ笑い出す始末。こんな不気味な店を喜んで来る人は、まずいないだろう。


 ──ある一人を除いては……。


「うわぁ〜、素敵なお店ですね〜」

 三雪ちゃんは、店内をキョロキョロ眺めながら興奮していた。

「凄い〜、可愛らしいお人形さんがいっぱい!」


 ──全部、呪物だけどな……。


「おや、珍しい。國枝くんじゃないか〜」

 蘆屋あしやが俺に気づいて手を上げた。

「助けてもらって置いて、全く連絡もよこさずに、調査の協力もしなかった、とっても薄情な國枝くん、いらっしゃい」

 蘆屋は皮肉たっぷりの笑顔で言った。


 ──うわッ、完全に根に持ってるよ。

 

「いや、ちょっと忙しくて……」

「その忙しい色男が、彼女連れで何のようかな?」

 蘆屋の表情の笑顔は崩れていない。


 ──この二人、なんか似てるなぁ……。


「この人が、陰陽師の蘆屋さんですか?」

「あぁ……、蘆屋道影あしやみちかげさんだ」

「へ〜、じゃあ二虎くんを呪った時に邪魔した人ってことですよね?」

 三雪ちゃんは、ニコニコと不気味な笑顔を浮かべる。

 

「おや、フラれた腹いせに元彼を呪い殺そうとしていた、あの時の可愛らしいお嬢ちゃんかい?」

 崩れないスタンス、笑顔で皮肉を返す。

「いやだな〜。呪い殺すなんて、そんなつもりはなかったんですよ〜。邪魔してもらって、とても感謝しています」


 ──おいおい、バチバチじゃねーか。

 

「ちょっと、三雪ちゃん……落ちついて……ね?」

「私は落ち着いていますよ」


 三雪ちゃんもニッコリとした笑顔のまま。

 ちゃんと目も笑っている事が逆に怖い。

 

「それで? 今日は何の用だい? 情報でも提供してくれるのかな?」


 ──そうじゃないところがまた言い出し辛い。


 俺と三雪ちゃんは、カウンターの席についた。

 ちょうど席から蘆屋の隣の椅子に、お市が人型になって座っているのが見えた。


「この子、可愛いですね」


 ──お市が見えている?


「へー、君もお市が見えるようだね」

 蘆屋は、コーヒーを淹れながら言った。


 お市は、無言で人形のようにただ座っている。

 人形だけど……。


「コーヒーでいいかい?」

「あぁ……はい」

「それで? 今日はなんだい?」


「いや、実は──」

 これまでの三雪ちゃん経由を蘆屋に話した。


 ◇◇◇◇◇◇


「なるほどね」

 

 一通り聞いた蘆屋は、お市を抱き抱えカウンターテーブルの上に座らせた。

 あんな話を聞いて、眉ひとつ動かさずに「なるほどね」で済ますのは、流石としか言いようがない。

 

「僕はねー國枝くん。そう言う下らない話が、大好きだ。実にいい、君達の人生は本当に下らなくて最高だよ。東雲くんと言ったかい? 手を見せてくれるかい?」


 蘆屋は三雪ちゃんの方を向き、手を差し出した。

 ダランと垂れ下がった右手を、左手で持ち上げ「はい」とテーブルの上に三雪ちゃんの真っ白な手が置かれた。


「これは……」


 蘆屋が少し驚いた表情をここにきて見せた。


「東雲くん、君の家系は犬神筋いぬがみすじだね?」

「あれれれ? わかりますか?」


 ──なんだそれ……。


「國枝くんは知らないだろうね。代々、犬神を継承する呪術家の家系だ」


 ──物騒だな、おい。

 そもそも犬神ってなんだ?


「犬神ってのはね──」


 ──犬神いぬがみ

 蠱毒こどくの応用とされる呪術の一種。

 犬を顔だけ出して地面に埋め、食べ物を目の前に置き、何日もその状態で飢えさせる。

 餓死寸前になった頃、犬がもっとも飢えで苦しんで目の前の食べ物を欲しがる、その時に──、

 

 首を切り落とす。

 

 この時、けして犬に姿を見られてはいけない。

 もし見られた場合は、犬神とはならず、切り落とした人間に取り憑いてしまうのである。

 

 この様な手法で犬神を飼育する家系は、代々犬神筋と呼ばれ、子孫に継承けいしょうされてきた。

 犬神は主人に忠実な使い魔となり、時には他人を呪うために飼育される。

 

 それに憑かれた物は、犬のように吠えたり、嫉妬深くなったり、腕や足の痛みを訴えたり、錯乱したかのように身震いをしたりする言われている。

 

 また憑かれた物が取り殺された場合は、その死体のあちらこちらに犬の歯型が現れるという。

 代々犬神筋の家系は、こうした手法により、富を繁栄はんえいさせてきた。

 そうした特徴から妬むモノ、軽蔑するモノ、も多く、近年の平成の時代まで犬神筋の者は、知る者から忌み嫌われ差別されてきた。


 ──こ、怖ぇーよ……。とことん非現実的だな、おい。


「ん? 嫉妬深くなるってことは……」

「彼女の性格は関係ない。彼女は使う側だからね」


 蘆屋は俺が言い切る間もなく、言い切った。

 ──いや、……。

 そんな俺の心情を他所よそに、三雪ちゃんはニコニコと笑っている。


「それじゃ、その腕は?」

「もちろん、犬神とは関係ない」

「私は、ワンちゃんが大好きなんです。ワンちゃんや猫さんといったものは使ったりしませんよ」


 三雪ちゃんの言葉に心底ホッとした。

 正直、この可愛らしい顔で犬神を作ったりしてるとこなんて想像したくもない。


「それに、國枝くんには言ったじゃないですか、丑の刻参りだって」


 ──あぁ、確かにそうだったな。


「でも、私の家系が筋だと、どうしてわかったんですか?」

「普通の家系がここまで凄まじい呪いを扱わない。君の母親の話を聞いた時にピンと来たよ」


 ──たしか、学生の時に下半身不随にした伝説か……。

 

「君には凄まじい才能があるね。僕のお守りはどこにあるんだい?」

「ここに──」


 三雪ちゃんは、バックから呪い返しのお守りを取り出した。


 ──え!?


 あのお札が真っ黒に、墨のようになっていた。


「うわぁー、凄いね君、どんだけ呪力高いの?」

 蘆屋の顔が引きつる。

「小僧もドン引きじゃな」


 ここへきて初めて、お市が口を開いた。


「まぁびっくり、可愛いらしいお嬢さんがしゃべりましたよ?」


 三雪ちゃんは、お市を見て驚いた。

 

「小娘、そちはなかなかに見所があるのぉ……ここでバイトでもしたらよかろう」

「それはナイスアイディアだね〜。どうだい東雲君? 君の人生にバイトできるだけのいい余白はあるかい?」


 ──なんか勧誘が、はじまった……。


「さてと、話を戻そうか。まずその腕の呪力を取り除くのは、僕の力をもってしても数ヶ月、または数年かかるだろうね」


 ──そんなにかかるのか……。


「本題はそこじゃなかろう」

「おやおや〜。お市も気づいていたのかい?」

「タワケッ! ここまで影がまとわりついておって気づかぬわけないわ」


 ──なんの話だ?


『呪いが返ってきちゃうです』


 三雪ちゃんが、ここへくる前に言っていた言葉を思い出した。影? なんの話だ?


「そうなんです。体の至る所に黒いモヤが浮かぶんですよ〜」

「俺には何も見えていないけど……」

「これは呪いが、裏返ったんじゃないよ。だってその証拠に僕のお札がまだギリギリ耐えている」


 ──耐えているのか、これ……。


「じゃあ、この節々のモヤは何ですか?」

 三雪ちゃんは、体を見せるように前のめりになる。


「全然わからん」


 俺は三雪ちゃんの体をマジマジと観察したが、さっぱりわからなかった。


 ──決死の観察の結果。


 鈴蘭ほどじゃないが、なかなか胸が大きい。

 そしてお尻もいい形をしている。

 キュッと引き締まったボディライン。

 唯一わかったのは、エロい体をしているって事だ。


「人間はね國枝くん。見たいモノを見たい様にしか見えない、いや、見ないんだ。つまり認知したいモノしか認知しない」


 ──どういう意味だ?


「それは、すれ違い様に見てしまう怪異が勘違いだと思うよに、または熱心な信者が偶然の自然現象を奇跡ととらえるように──」


 そう言いながら蘆屋は、手を色んな形に組み替え合わせていく。


 ──いんというやつか?


阿毘羅吽欠娑婆呵あびらうんけそわか奄口麻宅八迷牛おんまにはつめいうん!」


 ──ドンッ! と音を立て三雪ちゃんは椅子から崩れ落ちた。


「何をした!?」

「よく見なさい國枝くん。これが彼女の余白を潰した正体さ。やれやれ、元彼とヨリが戻ったからまだ良かったモノを……」

 

『あああああああ──!』


 苦しそうに三雪ちゃんが、のたうち回る。


「嫉妬は怖い。正直危なかった、現代版の安珍あんちん清姫きよひめに……やれやれ、蛇の怪異は厄介だ。高くつくよ、バイト代の前払いで許してあげよう」


 ──清姫? 蛇? え?


 蘆屋の言葉を認知した瞬間。


『あああああああああ──ッ!』


 絶叫し、のたうち回る三雪ちゃんの体をぐるぐると巻きつく大きな蛇が見えた。


「うわッ!?」


 そして、その大きな蛇の上半身は人間の形をしていて、顔は──東雲三雪にそっくりだった……。

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