第17話 奇妙なオトモダチ
薄暗い部屋にわずかな薄い光が差し込む。
夏だというのにこの部屋は、肌寒い冷気が漂っている。
キ──ンとひどい耳鳴りがする。
手、足どころか全身が動かない。
例の如くこの部屋に冷気を漂わす、その根源の仕業と察しがつく。
窓から差し込むの薄明かりから予想をするに今の時刻は四時くらいだろうか?
実は、月明かりを元に推理したわけではない。
だいたいいつも、その時間だからだ。
いつもの呪いの西洋人形と猫娘の嫌がらせだというのは考えるまでもない。
──ったく、早すぎんだよ……。
もう少し気をつかえよ。
何度、六時にしろって言っても聞かねーやつらだぜ。
足元をベタベタとやつらが触ってくる。
一体がゆっくり足首から体を密着させ這い上がってくる。
ペタ、ペタ、と冷たい感触がする。
服が肌に擦れてくる感覚を無表情で感じる。
徐々に膝上、
腰、
へそ、
胸元と這い上がってくる。
金色の髪が視界の下端に、チラッと左右に揺れながら見えた。
──もうその演出は飽きたぜ。
金髪って事は、上がってきたのはメリーだな。
首元まで這い上がり、スーとゆっくり目の前に顔を出す。
「だぁ〜れだ?」
──え? え? え? え? え? 誰?
全く予想だにしなかった展開に困惑する。
俺は驚き心臓を吐き出しそうになった。
体を這い上がってきたのは、同じ金髪幼女でもメリーではなかった。
髪型もメリーのようにストレートではなく、クルクルパーマのヘアスタイルどころか顔も別人。
右目から血をダラダラ垂れ流している。
目の色は真っ赤で、身につけているドレスは血が飛っちったかのようなグラデーション。
知らぬ怪異と知って、背筋がサーと凍りつく。
ヒタリと血が滴のように頬に落ちる。
──ひッ!?
声を出そうにも出ず、振り払おうにも体が動かない。
──待て待て待て待て、どうなってる?
メリーは? いったんは?
あまりのテンパリ具合に思考が追いつかない。
「ぷはッ」
「にゃはッ」
聞き覚えのある噴き出す声が聞こえた。
爆笑が部屋に響く。
「びっくりしたかしら?」
メリーが笑いながら近づいてくる。
急にフワッと金縛りが解けた。
体が浮き上がる。
俺は咄嗟に跳ね上がった。
「な、なんだこいつ!?」
顔の前にいた血を流す怪異を手で振り払う。
サッと、その場から消えた。
飛び起きて警戒態勢を取る。
俺はベット上で片膝立ちで辺りを見渡す。
何故かスペシウム光線のように、腕をクロスさせたポーズをとった。
左隅からゆっくりと右に視界をずらしながら異変を探した。
メリーのため息が漏れる。
俺の膝にポンと猫の手が乗っかった。
「落ちつくにゃ……」
「ど、どうなってんだ!? 何かいたぞ!?」
「落ちつきなさい」
「あ、あいつはなんだ?」
「私のお友達のブラッディーメアリーよ」
「え?」
──メリーの友達? ブラッディーメアリー?
「はじめまして、私はブラッディマリー。血染めのマリーです」
目の前に先程遭遇した少女が沸いて出てきたように現れた。
クルクルパーマの金髪、メリーより一回り大きい。
その女の子が血まみれのドレスのスカートを両手で広げて貴族のようにお辞儀をする。
アハハハハハと三体の怪異の笑い声が響く。
一気に張り詰めた緊張感が抜けた。
──ざ、ざけんなよ……。
ブラッディーメアリー。
聞いた事があると言うか、メリーを調べている時にネットで見かけた事がある。
──関連事項にいたな……。
真夜中に鏡の前に立ち、名前を三回呼ぶと血まみれの姿を現す都市伝説。
「いつものパターンで飽きてたでしょ?」
「いや、だからって勝手に我が家に怪異増やすのやめてもらっていいっすか?」
「あら、お邪魔だったかしらムッシュ」
マリーが前髪をくるくる指に絡ませて言う。
「気にしないでくつろいで行ってちょうだい。せま苦しい庶民的な部屋だけど」
──俺の部屋なんだが……。
◇◇◇◇◇
「おっす〜國枝っち〜!」
昼休み。
いつものようにスーパーギャルはお決まりの十二時四十四分に登校してきた。
「おう」
「解散式って今日の夜だよね?」
──暴霊の解散式。
「あぁ、そうだな」
「私も誘われたんだ〜! ちょちょぎれるくらい、ぱぁ〜と騒ごうぜぇい! って事で、國枝っちの後ろに乗せてよ」
俺は人差し指を立て、それを左右に揺らし「ちっちっち」と鈴蘭にしてみせた。
「悪りぃーな、今日はもう後ろ埋まってんだわ。先約がいる」
「えぇ〜!? ま? 誰?」
「誰でもいいだろ」
「ありえないと思うけど紅音とか?」
「赤羽は俺の前だ」
「前? は? 前って?」
鈴蘭は困惑し、指を唇にあて色っぽく首を傾げる。
「あいつは鼻メガネが本体だからな。今日は休みだろ? 昨日のうちに予備の鼻メガネ預かってんだわ」
俺はクイッと顎で鈴蘭の後ろの席を指した。
赤羽の席の机の上には、本体である赤羽がちょこんと乗せられている。
これをかけて俺が走る。
「アハハハハハッ、何それウケる〜ちょちょぎれるんですけど〜。じゃあ後ろ誰なの?」
「女だよ、お・ん・な!」
「わかった! 千鶴っちでしょ!」
少し嘲笑うような表情を浮かべる鈴蘭。
「おいおい鈴蘭」と俺は大きな溜息を付け足し、呆れた顔でかぶりを振った。
「いくらシスコンで有名な俺でも、わざわざ暴走族の集会に妹を乗せて参加するわけねぇーだろ」
「ほーぅ……」
鈴蘭はニヤニヤと目を細めて俺を見つめている。
「俺がそんなモテないと思ってんのか? ましてや今日は暴霊の解散式だぜ? 甘くみんなよ。とびっきり上玉の女だぜ!!」
──まぁ、千鶴なんだけど。
「え〜!? 誰!? 信じらんないですけど〜」
驚愕し、後ろに仰反る鈴蘭。
「はぁ──、思わずため息が出ちまったぜ。なぁ鈴蘭。俺は悲しいよ。お前がそんなに人を信じられなくなっちまうなんて……」
俺は同情するような目で鈴蘭に近づき、肩にポンポンと優しく手をついた。
──そして自分の見栄っ張りに心を痛めている。
「俺がシスコンなのは認めてやるよ。だけどシスコンだからと言って妹を乗せて暴走行為なんかするわけないだろ。それこそ気が狂ってるぜ? 本物の暴走行為だ。暴走族もドン引きの暴走行為だ」
──そう、妹を乗せて暴走すんだけども。
暴走族もドン引きの暴走なんだけども。
「國枝っちの兄弟ならやりかねないでしょ。暴走族もドン引きの暴走行為。いいもん、いいもん。力漢に乗せてもらうしー」
──正解。國枝兄弟はそれをやる。
お前が男なら童貞を増やしてやるところだ。
「そう言えば、お前に聞きたいことがあるんだ」
「なになに?」
蘆屋に頼まれた調査もそろそろ進めていかないとならない。
鈴蘭なら赤い人に詳しいはずだ。
「赤い人の情報が欲しい。なんか知ってるか?」
「赤い人? 國枝っちも知ってんじゃん」
「あんまり知らねーよ。名前くらいしか知らない」
「あぁね」と言って鈴蘭は、長い綺麗な足を組む。
際どい絶対領域だ。
見えそうで見えない。
これを計算でやってると言うのなら、世の全ての女子高生に俺は握手を求め歩かなきゃならない。
逆に鈴蘭による、鈴蘭のための、鈴蘭が生み出した偶然の産物と言うのならば、俺は鈴蘭にリスペクトを送り崇拝せねばならないだろう。
この絶対領域のスカートの長さを測り、その事実を電子書籍にして出版しよう。
タイトルは〝見えそうかもしれない、かもしれない〟でいこうと思う。
「赤い人さ〜、最近頻繁になったよねー」
──と言うと?
「ほら、三年前くらいから、ちょこちょこ聞くようになった時って三ヶ月に一回くらいの出現頻度じゃなかった?」
──正直、オカルト全然興味なかったし全然覚えてない。
「それが最近では、一月に一回は必ず名前聞くようになったじゃん?」
──言われてみれば……、最近よく聞くかもしれない。頻度とか気にした事なかったな。
「ところで赤い人って、出くわすとどうなんの?」
「え? 國枝っち知らないの!?」
「知らないわけじゃない、わけじゃない」
「へー」と目を細める鈴蘭に対して俺も目を細め太ももをじっくり見返す。
「赤い人はね〜」
と俯いて雰囲気を演出する鈴蘭。
「胸元まで真っ黒の髪に顔が隠されてて、真っ赤ワンピースを着てて、そして錆びた錆び錆びの包丁をもって追いかけまわしてくるんだって〜」
──もう、いかにも怪異の真骨頂だよな。
絶対に会いたくない人、生涯ナンバー1だよ。
「その包丁でブスリってか?」
鈴蘭は横にかぶりを振る。
──え? 違うの?
「赤い人に捕まると、物凄い近くまで顔を近づけられて、その顔を認識してしまうと……」
ゴクリ……。俺は生唾を飲んだ。
──顔を見てしまうと、どうなるんだ?
「気が狂ってしまって廃人になっちゃうんだって!!」
──狂人になるのか……。死ぬわけではないのだな。
顔を認識すると気が狂い、狂人の廃人化。
赤い人か……。
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