第15話 蘆屋 道影


 ──若そう、だるそう、嫌そう、面倒臭そう。


 電話の声から感じた、第一印象はネガティブなイメージだけだった。

 陰陽師なんて言うから、てっきり爺さんかと思っていた。

 言葉の一語一句になんとも言えない気怠けだるさを含んでいる。


「あ、はじめまして國枝と申します。そちらで除霊をしてくれると聞いたのですが──」


『除霊? 誰の紹介だい? めんどくさいな〜』


 ──今、めんどくさいと言った? 期待してたのと違う……。


「赤羽の紹介なんですが……」

『赤羽? どこの赤羽さんかな?』


 そう言えば、赤羽は利用した事がないって言っていた。

 なんて言えばいいか、言葉に詰まる。


『こっちも立て込んでいてねー。んー、そうだね〜いくら払える?』


 ──えぇ!? 金取るの? 話が違う。

「えっと……お金は……」

 ──無料だと聞いていたけど、弱ったな……。

 そもそも赤羽はなんでこの人を知っているんだ?


 電話の向こう側から深いため息が聞こえた。

 

『何? ないの? 冷やかしですか?』

「いや、そうじゃなくて……、学生で手持ちが……」

『学生? 君、学生なの?』

「はい……」

 ──なんで食いついた?


『大学生? 高校生? 中学生?』

「高校生っす」

『丁度良かった。見て上げてもいいけど、その代わりにこちらにも少し協力してもらえるかい?』


 ──丁度良かった? 協力?

「あぁ……はい……、俺にできることなら……」

 ──とりあえず行ってみるか。

 

「それじゃぁ、アポロ通りの【ASIYA】って喫茶店に来てもらえる? 七時にね」


 ──プツリ、電話が切れた。


 そう約束を取り付け、携帯のナビ頼りにASIYAコーヒーに向かった。

 アポロ通りでも、メインストリートから外れた裏路地の小さな店。

 中に入るとコーヒーのいい香りが、鼻孔びこうをくすぐる。


 特に好きでもないが、この時ばかりはコーヒーを飲みたい気分にさせられる。

 一歩踏み込んで、その異様な店内の雰囲気に驚かされた。

 店内の至る所に不気味な人形が飾ってある。

 ボロボロなもの、髪が明らかに伸びているモノ、表情が鬼のように怒っているモノ、左右非対称なモノやどこか破損して足りないモノ……。


 ──うわッ、気持ち悪りぃ……。


 数えきれない程、壁びっちりに並んでいる。

 異世界に迷い込んだような錯覚を起こす。

 呪いのイッツァ・スモールワールド。

 

「いらっしゃい」


 ──この人が、陰陽師?


「國枝くんだね?」

「うっす」


 陰陽師オブ陰陽師に成り損ねた陰陽師の末裔は、この喫茶店のマスターらしい。


 電話の声の主は真っ黒なスーツにハット、

 青のレンズの色眼鏡、首には蝶の刺青という怪しさ満点の格好でカウンターに立っていた。


「ここへどうぞ、まぁ座りなよ」

「うっす」

「サービスだ。コーヒーでいいかい?」

「あ、はい。すんません」

「砂糖は?」

「お願いします」


 カウンターの目の前の席に俺は腰を下ろした。

 思っていた人物像より、格段に怪しい。

 神主のような格好を想像していたが、まるでマジシャンか詐欺師だ。

 何より、背景の不気味な人形達に雰囲気が同化している。


 ──ここ、客くんのか? 怖すぎだろ。

 ん? 隣りにいるのは……、女の子?

 

 男の隣にメリーくらいの女の子が座っている。

 腰まで長い黒髪で、前髪は真っ直ぐ目の上で切り揃えられたおかっぱ、作り物のような綺麗な顔立ち、そして日本人形のような着物姿と言う奇妙な出立ち。

 

 じーと、俺の顔を大きな瞳で見ている。

 綺麗な目だ。

 昔ながらの大和撫子やまとなでしこのような、奥ゆかしさを感じる。

 俺はつい見惚れてしまった。


「何をわらわの顔を見てるか、このロリコンッ!」

 唐突に女の子の口から罵声が飛ぶ。


 ──おっと……、これぞ本物の大和撫子七変化。


 ここで自分の女の見る目がない事を悟る。

 認めなきゃならない……若さゆえの盲目を。


「おや、お市が見えてるのかい? 君は凄い霊感が強いようだね?」


 ──すると、この女の子も怪異だったのか……。

「最近、生きた人間とゴッチャになってて困ってるッス」

 ──部屋にいる西洋人形の影響なんだろう。

 

「へー、見込みがあるね。僕は蘆屋あしや道影みちかげ、見ての通り怪しい喫茶店のマスターだ」


 ──自覚あんのかい。

「はじめまして、電話した國枝ッス」


 蘆屋は俺の席にコーヒーを置いた。


「さっそくだけど、君、どこの学生?」

「学新学院の高等部ッス」

「それはちょうど良かった」


 ──ちょうどいい?

「何がッスか?」


 男はおもむろにタバコを咥え、火をつけた。

 両手に黒いグラブと水晶を身につけている。

 俺の見立てでは、二〇代前半ってところだ。

 怪しいが、整った顔立ち、狐のように長細い目、筋の通った鼻、色男だ。


「君、赤い人は知ってる?」

「はぁ……話しだけなら知ってますよ」

「見た事は?」

「いえ、ないッス」

「いやーびっくりしたよ。君、使えないねー」


 ──は?

 はい、笑顔の使えない発言頂きました。

 面と向かって言うか普通?

 こいつ絶対、客商売向いてねぇよ。


「まぁいいか、僕の話しは置いておこう。学生はいいね。本当に下らなくて実にいい。まずは君の話を聞こうか」


 そう言って、口から白い煙をフーと吐く。

 

「それ、褒めてます? ディスってます?」

「いやだなー、褒めてるに決まってるでしょう。使えないけども──、ねぇーみんな!」


 そう言って蘆屋は、後ろの人形達に話を振る。

 ガタガタガタッ──と人形達が並べられた台が軋み、揺れる。


『ケタケタケタ──、カタカタカタ──フフフ』


「うおッ!? 笑ってる!?」

 

 背筋に寒気が走る。

 

 ──怖すぎんぞ、この店。

 どおりで店ん中、すっからかんなわけだ。


「それで? 相談内容は?」

「実は──」


 俺は病院での出来事と二虎の話、それと立て続けに起こるチームでの事故の話をした。


「なるほどね……。問題は一つではないけども、重大案件は生き霊の件だね」

「俺もそう思ってます」

 

 蘆屋は、もう一本煙草に火をつけた。


「僕はね國枝くん。大人や自分がまともだって思っている人間が大嫌いなんだ。今日より明日、明日より明後日、日々前進して成長する事が正義──、努力しない人間は、ダメ人間だと決めつけてるような人がね」


 ──何の話だ? いきなり何だ、この人。

 

「偏った正義を振りかざすと、必ずそれに相対する犠牲者がいる。それが悲しい死を生んだりもする。そう凝り固まった思考には余白がない。その点、学生は下らなくて実にいい──、ちょうどいい余白がある」


 ──ちょうどいい余白? 


「若いとその余白もまた間違いを起こしてしまうものだけど、定まっていない正義は修正がきく。青春だね〜羨ましい」

 

 蘆屋は、胸ポケットから紙切れを取り出す。

 手元を覗くと人型のような形をしている。

 男がその紙切れに「フー」と息を吹きかける。


 ──えッ!? う、動いている!?

 

 紙切れは突然、一人でに動きだした。

 テーブルの上で準備体操を始める。

 恐怖心はなかった、むしろ好奇心で釘付けになる。


「式神を見るのは、はじめてかい?」

「しきがみ……、初めてです」

「まぁそうだろうね。現代で扱えるのは、僕だけだからね」


 ──なら、なんで聞いた?


 心の中で、激しく突っ込んだ。

 でも、この力は……、本物だ。


「君は、こう言ったモノをすぐ受け入れられるようだね。だいたいの人は仕掛けを暴きたがるものだ。そう言ったモノを受け入れる心の余白は必要だ。君もまた、ちょうどいい余白だ」


 そう言って蘆屋は、人型の紙切れに次々と息を吹きかける。

 まるで生命を吹き込むかのように……。

 テーブルの上には三枚の式神が立っていた。


「今回は特別に緊急性が高いところだけ余白を作ってあげるよ。残りは自分でどうにかしなよ──その代わり協力する事も忘れないように」


 ──協力? 何をすればいいんだ?

 まぁ、約束だし。

 やれる事はやるさ。

 

 手を拭くように式神を払うとテーブルの上にいた式神達が何もなかったように消えた。


 ──消えた……。

「どこへ行ったんすか?」

「六〇六号室さ」


 蘆屋は、そう言って目を瞑った。

 何かに集中しているようだ。

 霊視ってやつか?


「なるほど……、彼女か」

「何か見えてるんですか?」

「女がいるね……、ベットに横たわる男にこびりついている」

「二虎の元カノっすね」


 蘆屋は、瞑想のように手を組み黙り込んだ。

 周囲の雰囲気は、ガラリと殺伐としたもの変わった。話しかけてはならない気がするほどのピリピリした空気感をかもし出す。

 

「こんな呪詛じゅそはどこで身につけたんだい?」

「いや、わからないっす。関わりないんすよ」

「さっきの話では、二人入院していたんじゃなかった?」

「そのはずですけど……」

「一人しかいないね。片方は退院している」


 ──じゃあ、今日一鬼だけはもう退院したのか。


「これは、まずい。非常にまずい……」

「え?」

「一人はまずい……、時間がない。呪いの進行が早まっている。急がないと間に合わないかもしれない」


 パンッと両手を叩き、蘆屋の眠ったような目が鋭く開いた。

 胸ポケットから紙切れを取り出した。

 

 今度はお札の様な形を二枚。

 さらに人型の紙切れを二枚、そのお札の上に貼る。

 筆を取り出し、何やらそのお札に文字を書き出した。


「これを持って今すぐ行きなさい。もうあまり時間は残されていない」

「え? 時間がないって……どう言う意味っスか?」

「呪いが成熟しつつある」

「やばいって事ッスか?」

 

 蘆屋の急かし方から、只事じゃないことを感じ取れる。


「あぁ、一人だったのがまずい。このままではどちらも助からない。このお札を一枚は彼の枕元へ、もう一枚は呪いをかけた本人に渡しなさい。ただし彼の方は今すぐだ」


 ──え!? えッ!?

 

「早くッ!!」

 

 

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