第12話 予感


 振り返るとそこには──

 昔ながらのおさげ頭に、鼻メガネ、無地の白Tシャツ、紺色のスキニージーンズとなんともキテレツな格好をした女性が立っていた。


 このどっちが怪異かわからないような出立ち。

 赤羽あかばね 紅音あかね


 ──はっ!


 足元に向き直ると土下座の怪異の姿は消えていた。


 ──あれ? 血の跡が──、ない。


 さっきまでドバドバ流血していた痕跡こんせきが、まるっきり消えている。

 ため息と共に張り詰めた緊張感が抜けた。

 赤羽に視線を戻し、感謝の意を心の中で述べた。


 ──焦ったぜ。どうしていいかわからんかった……。

 

 誰かに声をかけられいなくなるという、よくある状況にタイミングよく赤羽が、現れ声をかけてくれた。仏ならぬ……、地獄に鼻メガネとはこの事だ。


「今の奴、見えた?」

 俺は赤羽にその場所を指し示した。

「今の? なんの事かしら?」

「いや、ここに変な土下座してる人いなかった?」

 俺の言葉に赤羽は眉をひそめた。


「國枝くんは、妹のパンツか鈴蘭さんの胸しか見てないと思っていたのだけど、変なものも見ているようね」


 ──お前のパンツもな……。

 あんなクッキリしていたのに、見えていない?

 やっぱり他の人には見えないのか?


「どっか行くのか?」

「えぇ、図書館にちょっと」

「へー、偶然だな。俺も書店行くとこなんだ、近くまで一緒に歩こうぜ」

「えぇ」


 今年の夏も暑い。まだ午前中なのに気温は既に三十六度超えていた。

 俺たちはその炎天下を商店街方面に向かって歩いた。


「またオカルティックな本か?」

「そうね。悪魔の呼び出し方を探しているわ」

「お前は世界でも、滅ぼすつもりなのか?」

「そう思うなら、そうなのでしょう」

「それじゃ困るぜ赤羽。幼馴染に世界を滅ぼされてしまう、こっちの身にもなってもらいたいもんだ」


 夏のギラギラとした眩しい日差しの中。

 暑苦しいセミの合唱が空にとどろく。


 ──それにしても……。

 やっぱり、私服でも鼻メガネなんだな……。


「あら? ちょっと違うのだけどわからない?」


 ──どこが?


 赤羽の顔を良く観察する。

 長いまつ毛、下まつ毛も長くてびっしり。

 きめ細かい真っ白な肌、整った切長の眉毛。


 ピンク色のラメが入ったグロスリップを塗った唇が、少し艶っぽい。

 目は大きく、ぱっちりな二重、左目の泣きぼくろが色っぽさを演出する。

 見れば見るほど、モデルの様な美形に見える。


 ──ただ一つ気がかりなのは、その謎の鼻メガネ。こう言う場合ってギャップとは言わないよな?

 なんて言うんだろうか?


「ほら、この鼻メガネの鼻。学校用のより少し広いのよ」


 ──だからなんだ。


「あなたも一端いっぱしの、いつ刑務所に入っても良いくらいの覚悟を持っているでしょ? そんな修羅の如き覚悟をもった、はみ出しものなのだからわかると思うのだけど……」


 ──それ、なんて言うVシネマだ?

「何をどうやったら、そんな誤解が生まれるのかは、さっぱりわからねぇが、確かに不良をやっているけども、そんな覚悟を微塵みじんも持ち合わせてはいないぜ赤羽」


 赤羽は自分からふっておいて、スマホの画面を操作しはじめた。


「へー、そうなんだと」

 興味なさそうに答える。

 

 ──KO・NO・YA・RO・U!


「少しでも人と違うと人間は、それを受け入れられないものよ。非凡な才能、センス、能力、容姿、信念、思想、家族、友達、仕事、趣味、肌の色から目の色まで、そのどれもが非凡であるだけで、妬み、僻み、侮辱の対象になるものね」


 ──言いたい事はわからなくはないが……。

 鼻メガネは非凡と言えば、非凡なのだけど。

 多分、お前が言わんとしている事とは大きく違うぜ。


「その癖に個性を大事にとか、みんな違くてみんないい、みたいな事を平気で口にするのだものね。平気な顔をして、物分かりいいふりをしながら、みんな同じじゃないと不安で不安でしかたない」


 赤羽は、滴る汗を赤いハンカチで拭いながら言葉を続ける。


「他人の思想までも、同じ枠ないに留めて置かないと自分の正しさまで揺らいでしまうのね」


 ──確かにそんなフシはあるかもしれない。

 あれってなんなんだろうな?


「あなたは、自分がどう在りたいかを考えた事がある?」

「どう在りたいか? いや、特にはねーな。好きなことしてるだけだから……」

「それは本当に好きな事なの? それすら考えた事がないのじゃないかしら?」


 ──言われてみれば……。怪しいかも。


「誰もが、自分がどう在りたいかすら考えないで同じ選択、同じ思考、同じ道に塗り潰されていくものよ。そして在りたい自分の姿も持てず、ただなんとなく周りに合わせ、安心と引き換えに自分の顔をなくしていくのね」


 ──顔をなくす……か。


「死人と顔のない生き人、はたしてどちらが怪異なのかわからないわね。社会の『みんなそうなのだから』と言う同調圧力は、まるで呪いの様ね」


 みんながやっているから

 みんながもっているから

 みんながいいと言ったものだから

 確かにそれを無意識に安心材料にしている。

 ほとんど無意識に……。

 夢遊病者むゆうびょうしゃのように。

 

「だけど、好きとか嫌いってのは、理屈なしに感じた物じゃダメなのか? 好きだから好きでよくないか?」

「そう思うなら、そうなのでしょう。そうあなたが本当に思うなら」


 いつもの「そう思うなら、そうなのでしょう」に、ハッとさせられた。

 俺の【好き】は、はたして本当に俺が好きなのか?

 無意識に世間の主観を入れてるんじゃないか?

 これは誰がそう思ったのか……、


 ──あれ? 俺が思っている事って、本当に俺が思っているものだったのか?

 なんとなく、周りを含めて考えてしまっていないか?

 なんとなく、社会や常識の意見にすり合わせて選んでしまっていないか?

 俺の思った事って、本当に俺が思った事だったのだろうか?

 本当は社会や常識が、思っている事なんじゃないか……。


「それじゃあ、私はこっちだから」

「あっ、おう。気をつけてな」

「また明日」


 俺は鼻メガネが自身の顔と思っている女の背中を見送った。


 ──俺の初恋ってどうだったんだろうか?


 などと、無意味な事をつい考えてしまった。

 そのままその足で書店まで歩いて行く。

 店の入り口前の雑誌コーナーにはよく見知った風貌ふうぼうが立ち読みをしていた。

 鬼の様な剃り込みが、がっつり入った角刈り頭。


 ──絶滅危惧種ぜつめつきぐしゅ


 眉毛を剃り落とし、どこで売ってんだよッと思ってしまう【最強】と大きく刺繍が入った黒のマスク。あえて趣味が悪いとは言うまい。

 これこそ、赤羽の言っていた『自分で思った好き』なのだから……。


 男は、菱形ひしがた 三狼さんろうだった。


 ──今日はよく知り合いに会うな。

「よぉ、三狼」


 俺の声に反応し、角刈り頭がこちらを振り向く。


「おぉ、一護じゃん。何してん?」

「ちょっとな。プラッと来ただけさ。お前こそ何してんの?」

「あぁ、今から見舞いに行くから差し入れに雑誌チョイスしてたんよ」


 ──見舞い?

「誰か入院でもしたのか?」

「あ? なに、力漢から聞いてねぇーの?」

「いや、なんも聞いてねーよ」


 ──力漢? てことは、俺も知ってる奴か?


一鬼いっき二虎にこだよ」

「はぁ!?」


 ──菱形兄弟の長男次男!? なんで揃って入院?


「お前、その様子じゃ阿久津や北条とかも入院してんの知らねーな?」

 三狼は、話ながら手に持っていた雑誌を棚に戻した。


「おいおいおい、どうした? なんでみんなそんなに入院してんの?」

「事故だよ。暴霊内で立て続けに事故が起きてる。ありえねーペースで、今月だけで四件だ」


 ──ありえねーだろ。

 この短期間で四人も立て続けに事故だって?

 何が起きてんだ?

 阿久津、北条、菱形兄弟、みんなスタンプ高のメンバーだ。


「って事は、お前はまだ知らねーな?」

 神妙な面持ちで顔をけしかけてくる。


「何を?」

「暴霊は今月で解散になったって事だよ」

「はぁッ!? まじで!?」

「マジのマジ、おおマジよ!」


 ──力漢のチーム。暴霊が解散だって……!?

 

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