第13話 逆さ愛
時間を持て余していた俺は、
別に暇だからと言うわけではなく。
友達だから行くのだけど……。
それぞれの容体を聞くと、三男坊のケロッとした態度とは裏腹に、事故の内容は壮絶なモノだった。
──まじかよ……。意識がないってやばくねぇか?
CT検査もしたが、脳に損傷は見られないのだけど、目が覚めない事が不思議なくらいだと、医者が頭を悩ませているとかなんとか。
だけど、
「そのうち、目覚めるっしょ」
と、案外脳天気な事を言う。
他の二人も一部複雑骨折で他の病院で入院している。
二虎だけが、意識不明の重症だ。
四人共、自慢のバイクはオシャカになってしまった。
──事故は恐ぇーな。俺も気をつけねーと。
それにしてもこの連続性……。
違和感がある。
「んでさ、今月末に最後の集会なんだよ。解散式やるからお前も来るだろ?」
「あぁ、もちろん」
約50人となる県内でも屈指なチームの暴霊は、力漢一代で作られた暴走族だ。
イケイケで地元でもヤンキーの憧れの的だった。
解散するなんてあり得ないと思っていたが──。
ここまで事故が続くと精神的に参ってしまったのだろうか……。
俺達は、二人の入院している
再生会病院は、総合病院で市内でも屈指の大きな病院だ。
検診サービスの充実、高度緊急医療の
建物も大きく、入院施設もばっちり完備されている。
二人が入院しているのは六階の六〇六号室。
俺達は、エレベーターホールの前でエレベーターを待っていた。
ガランガランとエレベーターのドアが開く。
──ん? 人がいる……。
中には、入院患者である病院のガウンを着ているお爺さんがいた。
上から一階にまで
──降りないのか? ボケちまってる?
まぁいいや、と俺と三狼は乗り込んだ。
「六階、六階と……」
と言ながら三狼が六階のボタンを押す。
──じいさんは何階なんだ?
と、俺はじいさんの方に視線をやる。
じいさんは両腕をだらんと下ろし、何も言わずボーとしている。
──六階でいいのか? まぁいいか。
ドアが閉まり、上昇する時のフワッとした感覚が体にかかる。
階が上昇している事を表示する画面を見ていると、ふと視線を感じ、首を向けようとした──
──え!?
思わず声を漏らしそうになった。喉を押し殺し、目線と気配で違和感を悟った。
あの入院患者のじいさんが、俺の耳元まで顔を近づけて来ている。
距離感が、明らかにおかしい。
顔のすぐ左脇にじいさんの顔がピタリと置いてある。五センチも隙間はないかもしれない。
──おかしいだろ……。なんだこのじいさん。
三狼の方に目を向けると何ごともないようにスマホを弄っている。
──俺にしか見えいない!?
ソーと気付かれないように視線だけを左に向ける。
じいさんは瞬き一つせず、両目をかっぴらいて、こちらを凝視していた。
視線と視線が合ってしまった。
──やばい、目が合っちまった……。
その顔を青白く、目が異形で黒目しかなかった。
「見えとるな」
じいさんは俺の耳元と
ゾクゾクッと足から鳥肌が逆立っていく。
横目の視線を悟られないようにゆっくりと前へ戻す。冷静を装い、何もなかった如く振る舞う。
だが、心臓は正直だ──ドクンッと鼓動が高鳴る。
──この世のモノじゃなかった……。見えないフリ、見えないフリ。
焦り三狼の方を振り向き、くだらない世間話を持ちかけた。
自分でもサーと血の気が引いて行く事がわかる。
「おう、一護。顔色悪いぞ……どうした?」
「俺エレベーターって苦手なんだよな」
しかし、頭の中は、真っ白になってしまい上手くやり過ごす言葉が見つからない。
「見えとるな? 見えとるな?」
じいさんはずっと耳元で念仏のように続ける。
「そういえばさ、一鬼のGSXまじ終わりなのか? あれ、めっちゃかっこよかったよなー」
俺は一鬼のバイクの話を振った。
「ん? お前GSXとか眼中なかったじゃねーか」
──余計な事、言ってんじゃーねよ!
じいさんの怪異は気を引こうとしているのか黒目をグルグル回している。
──うわッ、気持ち悪りぃー。
「いやいや、んな事ねーよ? 好きだぜGSX」
「ふーん」
会話の最中もじいさんは、ずっと「見えとるな? 見えとるな?」とひたすら耳元で呟く。
──はよ、開け。六階まだかー!
四、五と点灯し、移りゆく。
『六階です』
エレベーターのアナウンスが流れ、ドアが開いた。慌ててドアから飛び出して、右手に向かった。
「おい、こっちだよ!」
と三狼が俺を呼び止めた。
どうやら行き先は反対だったらしい。
右手ではなく、病室は左手だった。
「見えとるな? 見えとるな?」と言いながら、じいさんも俺の後をついてくる。
──まじか……。ついてきてんじゃねーか。
「なにそんなに焦ってんだよ?」
三狼が不思議そうに訪ねてきた。
「この青春の一秒一秒を大事にしようとたった今、決めたところなんだ」
「はぁ? なんか宗教でもはじめた?」
俺は、軽口を無視しながらそそくさと歩いて病室を目指した。
よく見ると──、すれ違う人すれ違う人、みんなどこかおかしい。
顔が青白く、
その顔からは生気を感じない。
ブツブツ何か言っているモノ。
這いつくばっているモノ。
空の車椅子を押して歩いているモノ。
窓をフトみると──、女の生首が逆さまに落ちていった。
──うっわ……。やべーもん見ちまった。
しかも目が合ったし……。
トラウマになりそう……。
六〇六号室に前たどり着くと、エレベーターのじいさんは俺達について来なかった。
そのまま来た道を力なく、ダラっと両手と首を垂らしながら戻っていく。
──じいさん、やっと離れた……。
俺はホッと胸を撫で下ろした。
見えなくてもいいものが、ことごとく見える。
そして病院はやばい。そこら中にいる。
「お前、なんか変だぞ?」
「なんでもない。気にすんな」
どうせ言っても笑いものにされ、バカにされる。
言いたい気持ちを押し殺し、六〇六号室のドアを開いた。
病室の中は左右二つに分けられたベットが四つあり、二つは空きベッドで菱形兄弟の貸し切り状態になっていた。
白壁の真ん中に窓があり、あとはカーテンで仕切りがある。
パイプ椅子があるだけの殺風景な病室だった。
「おう一護じゃん!」
手前のベットで痛いしく手当が
「買ってきたぜ」
三狼が雑誌を手渡した。
「おぉ、さんきゅ」
「大丈夫か?」
俺は具合聞いた。
「あぁ、見ての通りだけど、なんて事はねーよ」
「元気そうで何よりだ。驚いたぜ、まじで」
「俺より、二虎だな。目を覚まさねー」
隣のベットに顔を向けると二虎が死んだ様に眠っている。
その枕元には二虎の彼女、
──おっ、久しぶりに見たな。相変わらず可愛い女だ。
女とは何度か集会で見かけた事があって、面識はあった。俺は軽く会釈をした。
しかし、女はこっちの事は一切気にする事なく二虎の耳元に内緒話のように口を傾けているだけだった。
──んだよ、こんな時にイチャつきやがって……。あー嫌だ嫌だ、熱い熱い。
見ているこっちが恥ずかしくなるので、一鬼の方に向き直る。
「暴霊も解散だって? 驚いたぜ」
「あぁ、お前がくるより、ちょっと前に力漢が来て言ってたわ」
朝の泳げたいやきくんは、ここへ向かっていたらしい。
「GSXもチームも残念だったな」
「まぁ、力漢が決めた事だからな。異存はねーさ、俺のバイクも終わりだな〜」
しみじみと一鬼は言った。
「ところで事故ん時は、なんかあったのか?」
「いや、それが突然スリップして自爆してドーンと、追突よ」
──スリップ……。
「二虎もか?」
「それがよ、俺ら別に一緒に走ってたわけじゃねーのに同時に事故だったんだ」
「別々の場所で?」
「そう」
──奇妙な話しだ。
当人同士、別々で走ってて同時に事故るとは偶然にしては出来すぎている。
頭をよぎったのは怪異……。
──いやいや、偶然だろう。
俺はそれから十分くらい一鬼と三狼と世間話しをした。
内容はどうって事じゃない。
単車の話から誰々の女は可愛いとか、どこの高校の誰々が強いとか──まぁ、そんな下らない話だ。
「んじゃ、俺はそろそろ行くわ」
俺は立ち上がりそう言った。
「おう、気をつけてな。見舞いありがとな」
「あぁ、お大事にな」
そう言って、二虎の方へ振り返る。
二虎の彼女は、まだ耳元でコソコソ話しのようにゴニョゴニョ言っている。
──さっきから数十分も経っているのに、全く同じ体制を崩さない……、何か変だな?
「どうした?」と三狼が俺を不思議がり、立ち上がった。
「いや、確か三雪ちゃんだっけ? 二虎の彼女」
俺はそう言いながら三雪のそばまで歩いて行った。
「ん? 三雪? 三雪がどうしたって?」
「いや、なんかさ──」
──へ?
俺は固まった。
三雪の後ろに立ち、ゴニョゴニョと話し声を良く聞いてみると「愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる」と耳元で呟いている。
普通じゃない、そう思うまでに時間はいらなかった。
「み、三雪ちゃん?」
俺はその異様な後ろ姿に話しかける。
「おい一護、お前さ、何言ってんの?」
三狼が俺を変な奴だなぁ、と小言を言う。
「いや、だって……」
「あのな、二虎と三雪は一月も前に別れてるぜ?」
一鬼が半身を起こして言う。
「え?」
──ここにいるのは、何?
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