大人のレンタル券

 ソレはとても唐突だった。

 恥ずかしがることも、躊躇することもなく、まるで郵便受けに入ってたよと言わんばかりの気軽さで、ポンと。

 どうぞ、と梓から渡された可愛らしい封筒。

 おそらくは誕生日プレゼントなのであろうソレに、僕は困惑を隠しきれなかった。毎年何かしらのサプライズはあるが、今年はまた独特である。


「これは……何かな……?」


 中にあったのは一枚の手作りカード。

 何となく懐かしさを感じるのは、子どもの頃に一度は作ったことがあるからだろうか。


「レンタル私券です」


 縁には可愛い花模様があしらわれ、真ん中にでかでかと見慣れた字でレンタル私券と書かれている。

 それ以外の情報がない。

 強いて言うなら表面の華やかさに対して、白紙の裏面が飽き性な梓の集中限界だったのだろうといったくらいだ。

 なんにせよ。


「そんなさも当然かのように胸を張られても困るよ?」

「私がレンタルできます」

「それはまぁ何となく分かるんだけど……」


 むしろそれしか分からない。 


「それ以上でもそれ以下でもありません」

「……なるほど……?」


 聞きたいのは使い道よりも意図である。

 付き合って五年。梓の突拍子もないアイデアに振り回されるのは一度や二度のことではない。とっくに耐性もついてるつもりだったが、所詮はつもりでしかなかったようだ。


「それがあると何と無料で私がレンタルできます」

「……これをどうしろと?」

「え、嬉しくありません?」


 まるで、未だに戸惑っている僕の方が不思議でならないとばかりに梓は首を傾げる。

 嬉しいかどうかと言われれば勿論、彼女から誕生日を祝われているのだから嬉しいに違いないのだが、手元のレンタル券の受け止め方は分からない。


「いや、どう反応するのが正解か分からなくて戸惑ってる」


 仕方ないなぁとばかりにふっと笑みを零す梓。

 ちょっと釈然としない。


「子どもが親の誕生日に肩叩き券プレゼントしたりするじゃないですか」

「それは分かる」

「あれ、何だかんだ貰った親嬉しそうじゃないですか」

「まぁそれも分かる」

「でも私たちは大人です」

「大人だね」

「肩叩きでは満足できないでしょう」

「それは……まぁ、そうかもしれないね」


 それこそ、パソコン作業の多い僕は年中肩こりと友だちだ。肩叩きをしてくれると言うならありがたいことは確かだが、それを誕生日プレゼントだと言われると何とも言えない気持ちが残るのも確かだ。


「なので私をレンタルします」

「ちょっと分からない」


 見栄を張った。

 だいぶ分からない。


「肩叩きでも炊事でも、一日好きなお仕事を押し付けることができます」

「言いたいことは分かるけども」

「つまり肩叩き券のアダルトバージョンです」

「言い方が悪いね?」


 途端に手元の券が18歳未満厳禁の代物に見えてしまう。


「アダルトは大人という意味です。深読みは止めてください」

「確実に悪意があった気がするけどね」


 そっちに考えが流されたことは否定しない。

 仕方ない。

 健全な若い男性だから。


「レンタルされる私に拒否権はないんですけどね」

「アダルトだね!」


 悪意しかなかった。


「まぁ私は大人なので」


 今年24歳の悪ノリである。

 もう少し大人になってほしい。

 いや、ずっとこんな毎日も楽しいのだろうけど。


「とにかく、梓を一日独占できる権利を手に入れたってことだね」


 話しながら、あれこれと思いを巡らせる。

 久しくゆっくりと旅行に行ってない。

 デートに誘ったって問題はないはず。

 もっと実利的に一日家事をお願いしてしまうのも、正直かなり助かる。

 あるいは。


「これ、他人に権利を売買することは?」


 ふと、梓の両親の顔が浮かんだ。

 いっそ、自分のためじゃなく、肩叩き券にしてしまうのも――


「え、そういう趣味ですか……?」


 一拍、意味を考える。

 溜息を零し、手刀を構え、にっこりと笑顔を返す。

 わざとらしく引き気味の顔をした梓のおでこに、そこそこの威力でチョップした。

 とんでもないアダルト彼女である。


「聞いた僕が悪かったけど、詳しく聞かないでおくね」

「まぁ、回りくどいことしましたけど、つまりは私に何かしてほしいことはないですかってことです」


 梓はおでこを押さえ、恨みがましい目で僕を見ながら言うが、物理制裁もやむを得なかった。主に僕の尊厳のために。


「レンタルって名目でね」

「そう、レンタルで」


 レンタル。


 何かが、引っかかった。


 変なところはないはず。

 肩叩き券の延長線。ただのレンタル券。

 レンタル券。借り物。一日。

 思いつく言葉を口の中で転がしてみる。小骨が喉を刺していくような、微妙な不快感に似た、何か。


「何ですか、不満ですか。だいたいのことはしてあげますよ」


 少し不安そうな梓に、言いたいことがあるはずで。


 不満。ではなくて。


 レンタル券。

 レンタル私券。

 レンタル彼女券。


「購入はないの?」


 ポロリと、言葉が漏れた。


「……ん?」


 どっちから漏れた声かもよく分からない。

 だが、僕はとてもしっくりきた。

 

 所詮は冗談にすぎないけれど。

 深い意味のないプレゼントだと分かってはいるけれど。


 レンタルでは、嫌だ。


 多方面から怒られそうな表現ですね、とそっぽを向いた梓の耳は真っ赤で。

 こんな状況だからね、と言い訳した僕もきっと同じような顔色なのだろうけど。


「返品不可、廃棄不可、取扱説明書は六法全書並みに分厚い商品となっておりますが」


 どうやら、レンタル券は別の紙と引き換えになりそうだ。

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