第17話 仕事仲間
「お嬢様が戻られるまではお前は部屋の中で座っていろ。来客用のソファーでくつろいでいてもいい。だが‥‥‥」
と、ロイダース卿は入り口のすぐ横に設置されてあるベルを指さした。
それは金属ではなく、淡い黄色を帯びた陶製のもので、中に鈴がはまっているタイプのもの。
彼はそれを指先で鳴らす。
チリンチリン、というそんなの色がするのかとルークは予想する。
しかし、本当の音はカララン、カラランという土の重さをまとった音色だった。
「この音が三度鳴ったら、お嬢様の帰宅だ。門を通る時に、これが鳴らされる。玄関をくぐるときに、もう一度、一回だけ鈴が鳴る。それまでに必ず、玄関のドアの内側で待つんだ。建物側でな、あちら側に出る必要はない。もっとも、出ようとしてもお前の力じゃ重すぎてあの扉は開かない。以上がこのルールだ。分かったら、部屋の中に何があるかを覚える位はしておくんだな」
また、昼食の時間になったら、誰かを寄越す。
それまでは、この応接室で待機しろと、彼は言い残して去った。
やっぱり、あの扉は開かないんだ。
少なくとも、僕の力じゃ無理。
ベルが三度鳴ったら、玄関前に行って待つ。
まず最初に与えられたそれだけの仕事をこなせるかどうか、不安が訪れた。
その応接室には、壁に大きな鏡がかかっていて、ルークの膝から上をすべて映せるくらい背が高かった。
黒のズボンに、白い襟付きの開襟シャツ。足元には母親が、自分たちを監督している貴族の子弟がこどもの頃に使っていたという、羊革の革靴。
それでも手入れは行き届いていて、少しばかりサイズが大きいことを気にしなければ、それは高価な品だった。
「あれ、ジャケット‥‥‥」
上に着用しろと言われていたダブルのジャケットは、まだ手元にない。
どうしたものかと待っていたら、ロイダース卿ではない別の人物が、扉をあけて部屋に入ってきた。
黒い狼の獣耳と尾をもつ、獣人族のメイドだった。
ルークとあまり年は変わらないように見える彼女は、「あなたが新しい方?」と小さく訊いた。
初めて会う仲なのに、彼女の声にはどこか上ずったものがある。
返事をして、そちらを見たら好奇心で目が潤んでいた。
多分、この屋敷には自分たちのように幼い使用人は、あまりいないのかもしれない。
「あ、はい。ルークと言います」
「あたしは、レティシア。みんな、レティって呼ぶわ。お嬢様付きの、メイドの一人なの」
「そう、なんですね」
「ええ、そうよ。新しい人が入ってくるって聞いたから、どんなに強い人なんだろうって思っていたけれど。まだ若いのね」
そう言われて、ルークはちょっと、むっとなった。
同年代、ほとんど歳が変わらないように見えるのに、子供のように扱われたからだ。
「今年で八歳に、なるますが」
「そう。あたしも今年で八歳‥‥‥なあんだ、同い年か。ちょっとはかっこいい年上のお兄さんを、期待していたんだけどな」
「なんだそれ」
なんだか彼女の希望がとても可愛らしくて、からかうように言ってやると、相手は気分を悪くしたようだった。
「べっつに。同い年でも、ちゃんと敬語を使ってね。あたしの方が、ここは長いんだから」
「それってどれくらい?」
何人もの奉公人が、一週間くらいで辞めて行ったと聞いていたから、長いと自慢するレティシアがどれほど優秀なんだろうと、ついつい見習うべき対象として考えてしまう。
でも戻ってきた返事は、ちょっと残念なものだった。
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