第15話 わがままなクロエ
「はっ、はい。ルークと申します。本日から、お嬢様の下男として、お仕えさせていただきます」
舌を噛みそうになりながらそう言うと、いかついその男はふっ、と目元を緩めてルークとその足元においてある、小さめの鞄に目をやった。
「中身は? 改めてもいいか」
「あ、どう、ぞ‥‥‥」
大したものは入っていない。
男爵家からは、昼食と早めの夕食を与えると聞いていたから、食事の用意はしてこなかった。
中に入っているのは何かの際に汚れてしまったら着替えれるようにと、母親が持たせてくれた白いシャツが一枚と、今読みかけている古代文字で描かれた詩集が一冊、あとはハンカチや櫛など身の回りのとりあえず必要であるだろうものが入っているだけだ。
あと、筆記用具もとりあえずは揃えてきたけど必要になるかわからない。
「……これは全て持って入っていい。剃刀や小刀なんかは持っていないな?」
「はい、持っておりません」
「なら、それはこれからもいらない。とりあえずこれと同じものを毎日もってこい。それでいい」
ムスッとした顔でそう言うと、彼は「ロイダースだ」と名乗り、鞄を戻してくれた。
「ルークでございます、ロイダース様」
「ロイダース卿、だ。そう呼べ」
「あ、はい。ロイダース卿」
彼はそれに満足したのかちょっとだけ頬を上げて見せた。
それから、屋敷の中を後をついてくるように命じられる。
閉じられた扉はただの木の扉ではなく、中に鉄板か何かがはまっているような重さでゆっくりとしまりながら、ルークを迎え入れた。
その重さがどうにも不気味で、この家は普通の貴族の別邸ではないような。
少なくとも、自分たちが住むあの借家はそんな重々しい扉は、ついていない。
ここはまともなところなんだろか?
そんな虚ろな感覚にルークは嫌な予感を感じながら、ロイダースのあとに続いた。
「お嬢様は今出かけられている。説明するから、一度で覚えろ。いいな?」
「はい、ロイダース卿」
「そんなに難しいことじゃない。やることも少ない、すぐに慣れる大丈夫だ」
彼は見た目に反して優しいのか、あのお菓子をくれた王国騎士のように優しく肩に手を置いて、励ましてくれた。
「お嬢様は、クロエ様という名前だ」
「クロエ様‥‥‥」
その名前を口の中で反芻する。
思ったよりも上品で気立てのよい令嬢のような印象を与える名前だった。
しかし、続いた言葉にルークは耳を疑う。
「お嬢様でいい。名前で呼ぶと、あまりご機嫌がよろしくない」
「きっ、気を付けます。ロイダース卿」
「ああ、そうしてくれ。これまで何人も従僕を雇ったが、どうにもお気に召さないのか‥‥‥一週間もすればクビを言い渡されているからな」
と、彼はどこか不満そうにそう忠告してくる。
一週間でクビ?
なんてわがままなお嬢様なんだろう。
クロエに対するルークの第一印象は、それだった。
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