第14話 鷹の目の男
朝、八時に迎えにいく。
数日前に、男爵家からその日、その時間を指定され、ルークは心を弾ませながら、そのときを待っていた。
朝は二時間も前から起き、普段はめんどくさがる髪の手入れにも文句を言わなかった。
やがて、二頭建ての箱馬車が屋敷も門前に止まり、ドアがノックされるまで、ルークはそわそわとしてしまい、落ち着きを取り戻すことが出来なかった。
「いらしたわ」
「……うん」
母親といるときは大人のふりをしているルークも、いざ人前にでるとなると、ただの八歳の少年に逆戻りしていた。
「一人で行けるの?」
「大丈夫。お母様、行ってきます」
自分では元気なふりをして、母親に心の動揺を見えないようにふるまったつもりだった。
しかし、マーシャはさすが母親で、「いつものように、ゆっくりと振る舞いなさい」と言い、玄関から送り出してくれた。
ルークが男爵家の馬車に乗り込み、その姿が通りの向こうに消えるまで、心配そうにマーシャはその場に立って見送る。
「あの子、気にしていないといいのだけれど」
奉公することが決まった日に、ルークに訊かれたのだ。
どう振る舞えばいいの、母上、と。
久しぶりに、母上と呼ばれた。
なんとなくなつかしさを感じて、マーシャは何気なく答えた。
「王女様たちといるようにすれば‥‥‥ごめんなさい」
「はい」
嫌な顔ひとつせず、ルークは素直にそう返事をしてくれた。
辛い過去は、果たして息子を成長させたのだろうか。
それとも本人が義務感のようにときたま語る、「汚名を晴らさないといけない」という言葉の通り、彼を過去に縛り付けたままなのか。
「名誉を取り戻すなら、あなたが一人前になればそれでよいのです」
マーシャはつねにそう言い聞かせてきた。
復讐や功名心に囚われることなく、ただ過去の因縁を忘れて生きて欲しかったからだ。
ルークにはその想いは届いているだろうか。
母親は、そんな心配とともに、馬車が見えなくなったのを確認して、屋敷に戻った。
自宅を出発した男爵家の馬車は、大通りを西に向かい、それから左折して、貴族街の中心地へと向かう。
途中、いくつかの角を曲がり、大河の支流から引きこんでいる運河に渡る橋を二本ほど渡ってから、ルークが働くことになる別邸へと到着した。
その屋敷はあまり大きな建物でなく、古都にあるにしては、作られてから長い年月が経過していないようだった。
門柱の左右には背の低い針葉樹が並び、それだけでニメートルほどの高さの植物の壁を作っていた。
門が開くと、中には石畳があり、そこまでは歩いても数分もはないほどに狭い。
屋敷は三階建てだが、奥行きはなく、下手をすると部屋数はルークたちが間借りしている屋敷と同じほどに思えた。
「ここで降りて待て」
一緒に馬車に乗ってきた紳士はそう言うと、御者に命じて馬車を転回させてまた門から外へと出ていってしまった。
一人、白壁に塗られた玄関の頑丈そうな扉の前で待っていると、それがギイッと重い音を立てて開く。
「お嬢様の従僕か?」
頭を剃り、あごひげを白と黒の二色に口元から分けて染め上げた、筋肉質な男が、こちらを見下ろしてそう問いかける。
その鷹のようないかつい視線にルークは背筋に悪寒を感じた。
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