第13話 母の愛


 オルケス男爵家に奉公することが決まり、支度金として金貨三枚が与えられた。


「こんなにっ? 貴族の俸給の一月分もありますよ‥‥‥」


 母親のマーシャは先方の裕福さに驚いていた。

 ペイゼワールという土地にいるとはいえ、普通のそれも爵位の低い男爵家が、ただの下僕に対してこれだけの支度金を与えるのは、どうみても割に合わない。


「あなた、いくことを辞めてもいいのよ?」

 十三歳で亡夫と結婚し、十六歳のときにルークを出産して、八年。

 まだ二十代前半の母は美しい赤毛の持ち主で、黒い瞳の綺麗な女性だった。


 この土地にきてからというもの、何件か結婚話が彼女には持ち上がっていた。

 まだ若い貴族の次男や三男、裕福な老商人の愛人になるという話から、土地の有力者の側室になる話まで、ひっきりなしにやってきては、マーシャを戸惑わせる。


 しかし、彼女は夫をなくした未亡人だから、と自嘲気味に言って、それを断っていた。

 いまから思えば、それはすべてルークを一人前の貴族の令息として、どこに出しても恥ずかしくないように育てるためだったのだろう。

 家庭教師を雇う余裕が無いから、その代わりにマーシャは自分の知る知識と経験のすべてを、息子に伝えるつもりだった。


 得意のピアノも、弦楽器も、それから‥‥‥亡き夫と共に幾度も試合に出てはその腕を競った、レイピアの剣技まで、それは幅広く、多岐にわたっていた。


「ううん、行くよ。お母様」

「でも、従僕よ。あなたなら望めば、騎士見習いにでもなれるのに」

「でも、お母様。それはもう少し年齢が必要です。それに、王国はそれを望まないでしょう?」

「あ……そう、ね。あれは、十二歳からだから、まだあなたには早いかもしれないわね」


 と、マーシャは誤魔化すように言った。

 そうですね、とルークは寂し気に笑っ返す。

 支度といっても、そうたいした衣類を揃える必要はなかった。


 あちらから指定されたのは、汚れの無い黒の綿麻のズボンと白い麻のシャツ、それに長袖のダブルのジャケットだけで、それは先方から支給されたから、用意の必要はなかった。


 支度金を多く渡してきたのは、ルークの身長があっというまに伸びる成長期に合わせて、衣類をそろえろ、ということなのだろうと、マーシャは理解してそれを受け取った。


「男爵家には住みこまないでいいって言うから、良かったわね」

「うん……」


 自分が仕えることになる令嬢は、市内にある男爵の別邸に住んでいるのだという。

 それは貴族街の真んなかに近いところがあり、歩いて三十分も行けば、見えてくるしか近い場所にあった。


 早めに朝食を済ませ、クロエという名前の彼女が屋敷を出るまでの間にあきらにつかなければならない。

 言ったところでどんな事をすればいいのか、ルークにはそのとき、まだ何も分からなかった。

 

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