第2話 小さな騎士

「わからなくてもいい」

「では、どうすればいいのでしょうか」

「おまえと姉殿下の結婚は、もう決まったことだ。変えようがない。嫌われないように、相手をしっかりと見て、それから考えろ」

「もし、嫌われてしまったら?」

「問題ない。二人の結婚は、家同士のつながりのためだ。それ以外、必要がない。心を砕くのは、姫殿下の態度にではなく、紳士としてふるまえるかどうか、それだけだ。他はどうでもいい」

「そうですね」


 マナーさえ守っていれば、それでいいのだ、とアガイムは言う。

 罪になるようなことさえしなければ、問題ないのだ、と。

 あと六年もそんな関係をつづけなければいけないのかと思うと、ルークの心には憂鬱な感情がわいてくる。


 それを見せれば、父親が悲しむだろう。

 そう思うから、黙って忘れることにした。


「本日は、昼までに終わる予定だ。正午の鐘が鳴り終わるころには、馬車に戻ってきなさい」

「姫様たちは、御二人ともいらっしゃるのでしょうか?」

「さあ、どうだろうな。私が聞いているのは、姉のアミア様がおまえに会いたいと希望なさっている。それだけだからな」


 アガイムは短く刈り込んだ茶色の髪をなでて、そう言った。

 王都ブレイゼルから遠い南の国境地帯。

 アガイムの預かる第二騎士団は、その地方の守護を任されていた。


 先月も、西の帝国が侵入してきて、それを国境線の向こうまで追い返したばかりだ。


「最近、帝国の侵犯がつづいている。いまの兵力では、いずれ国境を守れなくなる」


 息子のまえで話すべきではないと思いつつ、アガイムはそう語る。

 ふだんは温厚な父親のくちもとが、引きしめられている。

 ルークには戦況なんてものはわからなかったが、父親に余裕がないことだけは感じとれた。


「アミア様のご希望に沿うのも、そのためですか、父上?」


 と、少年は思いを口にする。


「王家との親しい関係を維持できなければ、辺境を守り抜くのは難しい」


 いつも口癖のように、アガイムが言っていたからだ。

 姫様たちのきげんを損ねれば、父親が陛下からおしかりを受ける。

 伯爵家と王家の仲を、より親しくするために、やらなければいけないことだ。


 あらためて窓の外を見上げると、初夏の晴れやかな空を覆うように、雨雲がひろがっていく。

 まるで自分の心みたいだ。

 気持ちはその気になれないけれど、やるしかない。

 逃げることは許されないのだ。


「伯爵家の名にはじることないよう、姫様たちのお相手をしてまいります」

「ああ、任せたぞ、小さな騎士よ」


 ルークはまだ、騎士の叙勲式は済ませていない。

 あくまでも、息子を褒めるための方便だ。

 しかし、それを聞いてルークは嬉しそうに頬を赤くする。

 いろいろと悩んでいたが、表面上だけは、一人前の騎士になった気分だった。

 そして、馬車は王宮へと到着した。




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