追放されたランクSの精霊使いは、奴隷王女たちを服従させ、王国に伝わる最強の精霊を支配して、復讐を成し遂げる。

和泉鷹央

プロローグ

第1話 青い空


 世界には伝説や神話に名をのこす偉人がたくさんいる。

 勇者や英雄、剣聖や賢者、覇王や魔王。

 魔王はわるいやつ。

 覇王は偉い人。

 その他は‥‥‥幼い少年にとって、彼らはいつかなってみたい。

 そんな、憧れの存在だった。

 ‥‥‥南の英雄と呼ばれた父親が失脚し、王都からはるか遠方の地へと追放された、あの日までは。




 国王一家にあえることは、めったにない。彼らは、おもてには出てこない。

 しかし、王族の分家筋にあたるルークは、王家の姫君たちと、ときおり顔をあわせることがあった。

 それは父親の王国騎士団長アガイムが、国王陛下に報告にあがるときであり、一月にいちど、あるかないか。


 その日、六歳のゼイワード伯爵令息ルークは、ブレイゼルの王宮へとむかう馬車のなかにいた。

 宮廷に定期的な報告に上がる父親と一緒だった。

 父親のアガイムは王国の第二騎士団の団長を務め、現国王の従兄弟にあたる。


 そのため、国王一家と伯爵家は、ほかの貴族からすれば親しい間柄だった。

 ルークと第一王女アミアが、生まれながらの許嫁同士であることからしても、両家は王国のなかで特別な関係にあった。


 騎士の礼服をまとい、十数騎の騎馬兵とともに、アガイムは四頭建ての馬車で王宮へと向かう。

 行く道すがら、馬車のなかで彼は息子に言い聞かせていた。


「姫様たちに御迷惑をかけるのではないぞ、ルーク」

「はい、父上」


 六歳の少年は、笑顔を引きしめて返事をする。

 そのしっかりとした口ぶりには、幼さは感じなかった。

 小さいながらも、ルークはこれが自分にあたえられた使命だと、理解していたからだ。


「アミア様に会えるのは二か月ぶりです」

「お会いできるのは、といいなさい。王女殿下だ。おまえよりも二歳も年上のご婦人でもある」

「あ、はい。お会いできるのが楽しみです」

「それでいい」


 ルークが顔を引き締めてそう言うと、アガイムは笑って誉めてくれた。

 身長はまだ低く、婚約者のアミアにも届かない少年は、枯れ草色の金髪を揺らして、満足そうに車窓から見える、青い空をみあげた。


 父親ゆずりの鳶色の瞳から、笑みがこぼれそうになっている。

 それを見て、アガイムもまた、つられて笑みを浮かべる。

 ルークには生まれつき、周りにいる誰かを幸せな気分にさせてくれる、そんな不思議な魅力が備わっていた。


 アガイムは、息子の才能が、血と硝煙にまみれた戦場や、いまだながい平和を知らないこの国の社交界においては不要もののような気もした。

 しかし、あと十年ほどで王国をとりまく状況が、もし変わるなら。

 そのときは、誰もがルークの才能に惹きつけられそして、柔らかで温かい春の陽ざしのように、ひとびとを照らすことが、できるかもしれない。

 春の国をあらわすこの王国の国名のように。


「あと六年もすれば、おまえは姉殿下と結婚することになる」

「あっ……はい、そうですね‥‥‥」


 いきなり現実をつきつけられて、ルークはことばに詰まった。


 結婚。

 自分だけの家族ができるということ。

 六年後は十二歳だ。

 果たして、自分はなにをしているだろうか、と思いをはせる。


 まず、騎士見習い。

 それから、叙勲式をうけ、正式に騎士となる。

 でもそれは、十六歳くらいのことだろう、とアガイムは言っていた。

 まずは見習いから誰もがはじめるものだと、ルークは教えられていた。


「そのつもりで、姉殿下とお会いしなさい」

「え、と。はい、父上」


 そう言われても、覚悟なんて何もできていない。

 アミアは八歳にしては背がたかく、スタイルもいい。

 もう十歳を越えているんじゃないか、と思うほどに、顔立ちもよく、綺麗だった。

 陽光に透かせば、紅に染まる、この国の王族特有のストロベリーブロンド。

 新緑のように深い緑の瞳は、いつも静かで深い湖の底をのぞきこんでいるような気分にさせてくれる。

 彼女が側に立つだけで、自分より優れたものを多く持っていることに、ルークは引け目を感じていた。


 劣等感というよりは、敗北感。


 年齢も違うし、性別も、外見だって違う。

 だけど、アミアのほうが作法として習っている、剣の腕もうえだし、物知りだ。

 賢者といわれるような先生がついていて、ルークよりも多くの世界を知っている。

 それなのに、アミアはそれをひけらかさない。自慢もしないし、勝ち誇ったりもしない。

 ただ、自分よりも二歳年下の許嫁をいつも優先する。


 年上のお姉さんとして、一人の貴婦人として、常にルークの後ろにて、目立つことを控えている。


「どうした?」

「いえ。その‥‥‥アミア様は、いつもあれをしたい、これをしたいと、申されませんから。好かれているのか、嫌われているのか、よくわからなくなります」


 正直、アミアとあそぶくらいなら、いつも遊んでいる近所の子供たちといたほうが、心が晴れた。緊張しなくていい。

 すぐに壊れてしまいそうな宝物を扱うように、気を配らなくいい。

 結婚とか、将来の話をされるたびに、ルークは思うのだ。

 今じゃなくたって、いいじゃないか、と。


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