4 転生女子高生
今や「交通事故」「オッサン」といえば「異世界転生」と、そのような調子でございますが、そんな軽々しく事故やら転生やらをお話しすることを、あたくしはいたしません。
事故なんてそもそも痛ましいことじゃあありませんか。洒落を扱う者として、踏みとどまりたいところがあったんでございます。
という心づもりであったのですが、世の中はどう転ぶかわかりませんな。
先週、夕方のローカルニュースでもご覧になりましたでしょう。
〈鍋島学園高等学校二年の七生八重子さんが本日午後二時半、通学路途中で乗用車にはねられ、意識不明の重体です〉
八重子さんは手芸部なんですが、夏休みに部員全員で取りかかる大作の材料をお店へ下見に行く途中だったんでございます。
〈運転していた会社員の男性は、運転途中で意識を失ったと見られ、同じく入院中です〉
慎みのない連中が『異世界転生したんじゃね?』『JKが? おっさんが? どっち?』とかなんとか、SNSで騒ぎだし、あたくしは目に余るものは通報してやりましたよ不謹慎な。
あたくしども八重子さんの友人やご家族はもちろん八重子さんの容態は心配でしたし、運転途中で脳出血を起こし事故となってしまった方のご家族の憔悴ぶりもあまりに痛ましく、八重子さんのご両親は逆に労っていらっしゃいましたよ。ご立派なお心なんですから。だから軽々しく騒ぎなさんなと言うんです。
幸い、八重子さんは翌朝意識が戻りまして、何の心配もなく数日休養後に元の生活に戻られることがわかりました。
事故を起こされた会社員の方も、八重子さんが退院する日に意識を取り戻し、何とか治療に入られるようになって、ひと安心だったんでございます。良かったです。
「良かったなあ、ションベンたれも、あのオヤジも」
さすがのブチャ公先生も、胸を撫で下ろした様子で、心配で喉を通らなかったと見えるカリカリを元気に食べはじめたんでございますよ。
「行ってくるよ」
あたくしも普通に登校時間となりまして、お隣なのだからしばらく八重子ちゃんの様子は見てあげるんだよ、このスットコドッコイ。口の悪い母にそう見送られて玄関を出たんですが。
「おはよう」
そこには、八重子さんがおりました。
「お、大丈夫ですか?」
「身体はもう平気。いろいろありがとう」
いつもの八重子さんで、あたくしも安心いたしましたのですが、
「でもね、少し話したいの」
なんでしょう。
こんなとき、あたくしたちは通学路途中の公園へ参ります。試験対策やら部活の悩みやら、そんな話はいつもここでしていたのです。
いつもの木陰のベンチは、今朝は空いておりました。
「驚かせてしまうかもしれないんだけど」
まさか。何か事故の後遺症でも出たのでしょうか。
それならあたくしはじめ、皆で支えなければ。それがクラスメイトというもんです。
「ううん、そういうんじゃないの。そこは安心して」
では、なんでしょう。
あたくしがのぞきこむと、八重子さんはうつむいて、それから顔を上げました。
「わしが事故ののち眠っておったあの数時間」
わし?
「この世界でのあの数時間のあいだ、わしは七つの世界で七度転生しておった」
…………………転生?
「一度目の転生は、氷の王国グラーソンの侯爵家に。幼き頃から魔道を修め、長じては王家に嫁ぎ、……」
ちょ、ちょ、ちょ、八重子さん?
あまり長いのでかいつまみますと、二度目は常春の国、芳春国、三度目は闇の公国オブスキューラ、四度目は光溢れる小国、……多いよ! そしてわけがわかりません!
ひとつお詫びがあります。あたくしの通報でSNSのアカウントが凍結されたみなさま、申し訳ありません。転生していたのはJKでした! てか、ほんとに交通事故で転生してました! しかも七度も! すみません!
でも凍結はちょっとざまあ。……いえいえ。
まったく軽々しい通報も考えものですな。勉強になりました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます