2 渡辺綱木くん

「映ってねえ!」


 綱木つなきくんは、あたくしとブチャ公のやり取りを収めたはずのデジカメをPCであらためて、愕然としております。


「だから、申し上げたはずですよ、別案にしよう、って」


 渡辺綱木つなきくんは、映研のエースと呼ばれるあたくしの親友でございます。短編動画の高校生部門でいくつも受賞しているんですから、大したもんです。


「ブチャ公は、写真にも写らないんですから」


 どうにもそうなのです。一応妖怪。鏡にも映らないのです。


「へへへ。七本尻尾の猫又様を、そんなオモチャに収めようなんざ生意気なんだよう!」


 部室に猫がいるのはいいのかって、おっしゃいますか?

 部室というのが校庭のすみっこにあるプレハブ長屋の一室なもんですから、撮影のためとかペットは家族ですからとか言って綱木くん、まんまと学校の許可を取ってしまったんですよ。


「ああ。たもつくんが退院するまで、クリーチャーが撮れないんだよ。これでうまくいけば、と思ったんだけどなあ。ブチャ公なら吹き替えもいらないしさあ」

「にゃ?」


 ブチャ公、ぽかんとします。


「俺の特撮モノの怪獣とか、未確認生物、みんな保くんが造形やってくれてたんだよ」


 本多保ほんだ たもつくんは、美術部において立体部門の匠と呼ばれる男で、しかしながら美術展の類には縁がなく、趣味のフィギュア界のほうで名前が知られているようです。

 現在、足首にヒビを入れて、入院中です。体重があるので難儀しています。


「なにっ。俺っち、怪獣のハリボテの代わりだとッ?」


 カッときたのか、ブチャ公が大きくなりました。毛を逆立てて、天井に頭がつきそうです。七本の尻尾がゆらゆらと不気味です。

 部室は狭いのでやめてほしいものです。ああ、落語CDの棚が倒れそうだ。ここだけの話、カセットテープもレコードもあるんですが、その話はまた別の日にいたしましょう。


「まあまあ。ブチャ公先生がバズらなくて惜しいなあ、って話ですよ」

「バズる?」


〈バズる〉てなあ、ま、ブチャ公のために申しますとネットの世界で人気者になることでございますな。


「猫動画の人気をご存じない?」

「猫動画……」

「今や、動物動画は現代人の癒しですよ。そのブチャ公先生のモフモフな姿、きっと世界中で愛されると思ったんですがねえ。時代はモフモフですとも!」

「む。そ、そいつは惜しかったなあ」


 ブチャ公、なんだか大きな身体のままもじもじしております。


「なんだ。綱公、俺っち人気が出ると思うのかよ?」

「もちろんですとも。なにせ、モフモフしっぽが七本もあるんですからねえ。いやあ、もったいなかったなあ」


 見え透いておりますが綱木くんは口をひらけばこんなですし、ブチャ公はおだてに弱いのでした。


「まあ、丸く収まってなによりですよ」


 あたくしは小さい姿に戻ったブチャ公を抱き上げます。


「ううん。その、大きさが変えられるのも撮影向きだよなあ。惜しいところだったなあ」


 そこに綱木くんが余計なことをつぶやいたので、


「さてさて、あたくしはまだ稽古をしますがねえ?」


 大きな声でそう申しまして、その場をまとめようとしたのですが……


 ノックの音がしました。

 鳴っているのはうちの部室の扉です。


「よろしいか?」


 めんどうな人の声がしました。

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