八之四 朝帰り
夜は無事に明け、桟橋や海の上で夜通し見守ってくれた船人達に挨拶した。朝餉を終えた頃から、次第に皆が木花に戻ってくる。なにか大荷物を抱えた
「……なんだ大綿は。
溜息をついている。
「あれではたいして菓子は持っておらんな」
「まあそう言うな。大綿は遊びに出たのだ。お前の使いではないぞ」
「それはそうだが……」
眉を寄せる。
「大綿、約した品はないのか」
「はて、なにか土産でも約したかのう……」
目尻を下げながら、大綿が首を傾げる。
「……陽高よ、やはり私達も
悔しそうな顔になる。
「おおそうだ。たしかこのような……」
袖に手を突っ込むと、大綿が次から次へと羊羹を取り出した。アサルは両の手を上げて喜び、盆と正月が一緒に来たように騒いでいる。
「相変わらず賑やかだなあ、木花は」
そう言いながらひょいと甲板に顔を出したのは、写楽だ。大綿が俺に目配せする。
「骨休めできたか、写楽」
「ええ
羊羹を握ったままなんとも言えない顔になったアサルを見て、口を濁した。
最後に戻ってきたのは、夜儀だ。昼の九つも打とうかという頃、
「夜儀はやるのう……」
源内が感心している。
「儂と同じ茶屋から同じ
桟橋の先でたっぷり女といちゃついた後で、ようやく上がってきた。
「そろそろ昼餉ですかな」
にこにこしている。
「おお夜儀か、もう並んでおるぞ。さっそく食え」
甲板の車座に、アサルが夜儀を誘った。
「昼餉のあとは荷積みで忙しくなりますな」
すたすたと昼餉の輪に加わると、夜儀は飯を食べ始めた。久々に陸でくつろいだ船人達が、陸での見聞きや他愛もない話に興じている。とりあえず写楽は戻ってきた。謀反の心を持っていない見込みのほうが高くなったとしていいだろう。
●
翌々日。次の日には用心綱が仕上がって運び込まれるという朝、沖仲仕の棟梁と残りの船積みの段取りを決めていると、難しそうな顔をして、源内が近づいてきた。俺を手招きしている。続きを大綿に頼み歩むと、源内は隅に俺を導いた。
「どうした源内。厄介事か。それとも災いなのか」
「先ほど、写楽が儂のところに来た。薬をくれと」
「薬を……」
「ああ、痛くて小便が出ないとな」
「小便が」
「そうだ。とりあえず
「……この間のか」
「ああ。陸の女から
「どのくらいだ、治るのに」
「まあ、ひと月は優にかかるだろう。……それにしても困ったものだ、女遊びもきちんとできんとは」
なにを思い出したのか、楽しそうに微笑んで俺を見る。
「まだ写楽は若い。許してやれ」
「まあ仕方ないの。天津殿も、身に覚えがないわけでもなかろう」
笑いながら、さりげなく俺から離れてゆく。俺は写楽を呼んだ。
「……頭、なんでしょうか」
心細そうに俺を見ている。
「わかっておろう。病の事だ」
「病の……」
下を向いてしまった。
「どんな女を買った」
「……
「安い女を買うなと言ったではないか。端女郎や
「すみません、頭」
「なんでそんな女にした。銭は持たせたぞ」
「……高い女はもったいない」
「なにっ」
「安い女にして銭を貯めれば……」
「馬鹿者っ。
黙ってしまった。
「それに今銭を貯めても、使うところがないではないか。すぐに
「つい……」
俺は、わざと大袈裟に溜息をついてみせた。
「わかった。いいか、お前はこれからふた月の間、夜伽順から外す。源内の薬で、その間に病を治せ。治らなければさらに延ばす」
「はい……」
心底情けなさそうな顔となった。
「もうよい。行け」
とぼとぼと歩いてゆく。
この件を大綿に話したら、大笑いだ。
「なんとも間抜けな話よな。天津よ」
「ああ……。童に言い聞かせるような説教など、よりにもよって
「情けない顔をするな。……まああれだ、それほど抜けた男なら、謀反など考えるはずもない。それがわかって良かったではないか」
顎をさすってにやにやしている。
「それはそうだな。それにしても、ここまで
「夜伽順はどうする。いつも通りか」
「そうだ。写楽の順は、空き番としてくれ」
ひとり抜けた分、夜伽順を詰める事もできた。でも俺の船ではそれは許していない。仲間がどじを踏んで夜伽順から外されれば自分の番が増える――そのようにしてしまうと、仲間の
■注
昼の九つ 午前十二時
★本年も本作、また猫目印の各作品をご愛読、ありがとうございました。
来たる
猫目「ほら、お前も頼まんか」
アサル「わ、わかった。私からも頼む」飯食いーの
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