八之二 謀反の香り
それから連日、あまり所を変えずに、同じような試しを繰り返した。
それに皆どこが
人は慣れが一番怖い。慣れてしまうと、見えるものも見えなくなる。操りにも手を抜いて、思わぬ災いを呼び寄せる。それを防ぐには、時折、違う持ち場から海渡りを試しておく事だ。
写楽はあれ以来、操りが念入りになった。そのためむしろ遅れがちになるほどで、大綿によく怒鳴られている。皆も他の船人の動きをよく見渡し、また船の動きで察して自らの操りを細かく変えるよういっそう心掛けたている。
そのため、
大風大雨の季節ではないので、その危うさは今はまだ少ない。それを頼りにしているが、異国に進めば、その分別は通じまい。
船人の息は、次第に揃ってきた。仲も良い。
津見彦と俺を除く船人は皆夜伽順が何度か回ってきていたが、特に揉める気配はない。奴隷も、見た目には嫌がっていないように振舞っている。……まあこれは、飯のときのように、自分が泣くと俺が悲しむと思って堪えているのかもしれないが。
船出して半月ばかり過ぎ、頃を図って、木花はそろそろと先に進み出す。
●
「頭、この後、どの海を辿るのですか」
昼の
「写楽か……。もう
「頭、それでは
「それはないだろう」
大綿が口を挟む。
「長が言うように、速吸瀬戸が難しい頃ならともかく、皐月であれば常道だ。……それにお前も知っているはず。清に行くなら北西に向かう馬関しかないが、俺達は
「それより、なぜ馬関を抜けたい」
「それは……」
写楽は、目を逸らして言い淀んだ。
「いえ、頭。仰る通りです。たしかに遠回りだし危うい。速い潮でまた俺がへましたら……」
うなだれてしまった。
「分をわきまえず、申し訳ありませんでした」
そのまま櫓から降りてゆく。その姿が
「どう考える、大綿」
遠くに離れたのを見届け、声を掛けた。
「ああ」
ぎょろりと俺を見る。
「
「……謀反か」
「かもしれん」
大綿は、若い孤児あがりの後ろ姿を睨んだ。
「話を通じた悪党が、そちらのほうに潜んでいたのかも。長門のあたりにでも。……陽高、どうする」
「ああ……」
しばらくふたりとも黙っていた。謀反の危うさともなれば、おさおさ怠りなく手立てを考えねばならない。
「そうだな、大綿。いずれにしろ、何本か積んである
「ああ、それがいい」
大綿は大きく頷いた。
「俺の船人が幾人も伊予にいる。一の帆に合う綱を頼み作らせるのに、何日かは掛かるはず。その間、念のためにあいつらに陸と海から木花を見守らせておこう」
「伊予に戻ると聞いても、写楽には仲間に伝える手立てがない。だから伊予は安全だ。それに、すぐに瀬戸内を抜ける。謀反のたくらみは的外れとなるだろう」
「その通りだ、陽高。ただ、あいつがもし謀反狙いで木花に乗ったとすれば、見込みが消えて逃げるやもしれんが……」
「それはそれで好都合だ。心が抜け逃げたくて仕方ない男など乗せていては、むしろ危うい。……ひとつ金を多く掴ませて、伊予に放ってみよう。それで戻って来なければ、謀反狙いだったという事になる」
「なにか心積もりがあるのだな陽高よ」
「そうだな、まあ任せろ。……今、アサルは月の障りが来ているのだったな」
「そうだ」
「それならついでに大綿、お前にもいい思いをさせてやろう」
「おほっ。なんだかわからんが、神木船の船長が、また悪さを思い付いたようだ。久方振りに見られるのだな。波路で何度も危機を乗り越えてきた、お前のその頭の冴えを」
大声で笑い出す。甲板の船人達が、遠目から、不思議そうに俺達を見ている。
用心綱を仕入れるため伊予に戻るという話を、昼餉の折に、大綿が切り出した。俺と大綿は陽を背に座り、よく見えるよう、向かいに写楽を座らせている。
写楽は、特に驚いたような顔はしなかった。なにやら忘れていた道具の仕入れができると、源内は喜んでいる。夜儀はわずかに眉を上げたが、なにも言わずに微笑んでいる。
アサルは大きな椀に盛った芋汁を食べていて、伊予の話は気にも留めていないようだ。匙で凄い勢いでかっこんでいるのを、津見彦が唖然と見ている。綱だけでなく、本当に芋も仕入れたほうが良さそうだ。芋が減るのは津見彦のせいだと、アサルはこぼしていた。だが、どうにも違う気がする。
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