七之三 水樽の猫
大崎島を出た
寝床に横たわりしばらくぼんやりしていると、外から源内の怒鳴り声が聞こえてきた。溜息をついて寝床から起きると、外に出た。例の
「だからお前の猫が、儂の魚を狙っておるのだ。――今もそれ、
樽を掴んで手を振って、源内が猫を追いやっている。猫は魚樽の縁に乗っていた。源内の手から少しだけ逃げると、黄色い魚の動きを、それでもまだ目で追っている。アサルはその隣で、呆れたように腕を腰に当てていた。
「気にするな源内よ。まだ仔猫ではないか。自分とそう変わらない大きさの魚など、
たしかにアサルの言う通り、河豚が食われる恐れはなさそうに思える。
「あっほら、水などぺろぺろ舐めおって」
「水ぐらい平気だというに。喉が乾いておるのであろう」
「いいから連れて行け」
「細かいのう……。早くに老けるぞ、それでは」
ぶつぶつ言いながらも、抱いて胸に収める。アサルに抱かれて、仔猫はにゃあと鳴いた。
「儂はもう老けておるわ、気にするな」
まだ睨んでいる。
「……ふたりとも、もういいのか」
「天津殿か。あの猫をなんとかしてくれんと困る」
「陽高よ、気にしすぎの源内に、なにか言うてやってくれ」
両側から詰め寄られ、俺は手を上げた。
「見たところ、この猫が河豚を食うはなかろう。だが河豚が大事は、源内の気持ち。アサルよ、もう少し気を遣え」
「わかった。猫が水樽に乗っているのを見たら、下ろすようにする」
「それでいいであろう、源内よ。乗っていようが、どうせ魚は食われん」
「さにあれば」
「そうよ。猫よりアサルに気をつけよ。昨日も河豚を食いたがっておったぞ」
「なんとっ」
「陽高よ、その話は……」
真っ赤になって、アサルが思い切り俺を叩く。
「元気な奴隷よのう……、船長に向かって」
感心したかのように源内が呟く。毒気を抜かれた顔だ。
「たしかに猫よりは魚を齧りそうな顔をしておるわ」
大声で笑い出した。仕方ないので、アサルも笑っている。俺はふたりを軽く叩くと、茶に誘った。
甲板の日陰で車座になって飲む。源内は、アサルの故国が
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