第六章 女神
六之一 大崎島
いつも航海の始まりは、なんとも言えない気持ちになる。辺境行きの海渡りが多い
長い旅から戻り
今、安芸竹原の港にほど近い大崎島に向かう木花の
島にはすぐに着いた。目配せすると、大綿と
「よし野郎ども、ひと働きだ」
大声で大綿ががなる。
「港と話は着いて払いも終わっている。写楽、この海渡りでは、お前が
「おうっ」
写楽が
半刻も掛かってようやく渡し板がしっかり
甲板に荷が届き始めると、写楽が口やかましく段取りを決め始めた。
木花は扶桑の船には珍しく、南蛮船のような甲板を持つ。しかもふた層も。そのため雨風などからの荷の囲いに優れる。代わりに渡し板の垂れ角が高くなるので、沖仲仕にとっては危うさが増す。
ただ歩むだけでも角度のきつい板が揺れるというのに、重い荷を背負って上らねばならない。怪我も多い。だから
異国へと進めば、それもないだろう。ときによっては
ぼんやり今後の波路に思いを巡らせていると、平賀源内が写楽に食って掛かる声が聞こえた。
「こら写楽、その水は渡り魚の
「源内様よ、あそこに並べると煮炊きの水と間違えてしまうが、女が」
写楽は腕を腰に当てた。
「いいから運ばせろ。
閉口したような顔で人足に指図すると、写楽は木花板に水樽を運ばせる。そう言えば今気づいたが、皆、まだ白装束のままだ。死に装束の坊主頭が水で喧嘩していれば世話はない。荷積みに大騒ぎの写楽は後にして、他の皆は船人の衣に着替えさせた。
木花板のさらに下、
津見彦が脇に付いており、写楽の言いつけで、細かな場所の
船腹には、幾つかに分けられた大きな荷置き場の他に、船人の寝床がある。ひとりひとりの寝所はない。
寝床は舳先だから、荒れればもっとも揺れる場所。いくら木花が神に加護され揺れは少ないといえど、時によっては人ふたり分ほども上へ下へと動く。慣れない者は、まず夜は眠れまい。
木花の船人であれば皆平気だが、あまりに荒れる夜は寝床を避け、
木花板に上がる。
木花板には、
「いいか女、これが渡り魚の水樽だ。ここにおる魚は煮炊き用でないぞ。まかり間違っても刺身などにしてもらっては困る」
「このように妙な奴、食べる気はせんから案じるな。……それにしてもこの魚はなんだ」
口を開けて見つめるアサルの脇から覗き込むと、水樽には
「これは
俺が呆然と漏らすと、源内が眉を上げ、自慢げに笑った。
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