第五章 船出
五之一 謀反の香り
船出の三日前、長留守に備えて屋敷支度を整えると扉を閉じ、アサルと共に
だがしかし、この雑事が馬鹿にならない。片付けても片付けても湧いてくる。ある事柄を詰めている最中、別の野暮用が割り込んでくる。そちらの話をつけていると、また別の用向きが、急ぎだと言って転がり込んでくる。これでは気も体も休められない。
大綿とふたりであらかた決めてゆく。細かな用は、
「大綿、船人はこれで全てだ。それぞれの気の
アサルが使いに出た合間に、大綿に問い掛けた。
「そうさな……」
大男は、
「平賀源内は裏切るまい。あの男は、世の秘密が知れるなら、命などなんとも思わん。もちろん銭金など、気にもしない」
「それにもう歳だ。還暦を過ぎて十年以上になるはず。
「そうさな」
頷いた。
「源内自らの望みを考えるなら、裏切る
言い切った。
「もう盗みに興味はないとは言っている。鼠小僧は暇潰しに盗みに入って、銭をばら撒いていた。だから、その言葉に偽りはなかろう。……とはいえ元が大泥棒だ。転ぶかも。津見彦はふたりにいいように言いくるめられるやもしれん」
「写楽と夜儀がつるんだら、どうすると思う」
大綿は、眼を細めた。
「飯に毒を入れて、俺達を眠らせるか殺す。そして
「俺を殺したら、
「そう言えばそうだったな。船頭が死んだ
「そうだ」
「となるとお前は眠らせるか。……しかし、船頭の間は仙術で守られている」
「俺の許しがないと入れん。もちろん金銀など持ち出すのは無理だ」
無精髭をさすると大綿は、冷めてしまった茶を、無造作に口に放り込んだ。
「ではお前には毒を盛らず、脅して部屋を開けさせる」
「俺の命は
「なるほど」
空と庭とを、大綿がふと眺めやった。つられて見ると、庭では、何人もの男達が支度のためせわしなく動き回っている。急に雨がぱらりと降ってきて、怒鳴り合いがそこここで起こり始めた。アサルの奴、使い先で雨で困ってなければいいが……。
「となると危ないのは、写楽が知恵の足りぬ考えを元に、ひとりで謀反を起こす事だけだ。船頭の間が開いた様子をどうにか作り出し、皆を薬で眠らせる。仲間が船で乗り込んでくる。荷物を運び出してその船に積み替える。
大綿の気掛かりを、しばらく考えてみた。
「そうだな。それはあり得る。……だが大綿よ。あいつの馴染みを考えるなら
「そう思う。ならば瀬戸内におる間は、あの男から目を離さぬようにせんといかん。……それにアサル、あの奴隷に寝物語で鎌を掛けさせてはどうか。それで写楽の心根もわかろうというもの」
俺の目の色を窺っている。
「いや、アサルを使うのは止めよう。もし写楽に謀反の気持ちがなかったときに、要らぬ
「陽高がそう決めるなら、それでいい。さほど入り用な案でもない」
さすがに疲れが覗く声色で言うと、湯呑みをあおって冷めた茶を含んだ。
雨は止んだが、春というのに妙に蒸し暑い。ふたりともしばし黙ったまま、
「あとは銭金の話でなくなったときだ。……大綿よ。いよいよ自らの命が危ない、一文無しでいいから船から逃げたいとなったら、どうだ。異国の海で。魂が壊れ、無闇に俺達に手を掛けてどこぞの港に逃げ出すという謀反は」
上を向いて息を大きく吐き、大綿はぽんと膝を叩いた。
「それはもうわからん。あり得ん話とは言えん。人は強く、そしてまた弱い。誰かがそうなっても、不思議ではない。もちろん俺がなるやもしれん。お前だってそうだが、その勾玉があるからなあ……。お前が逃げるのは、やけくそで死にたいときだけだろう」
俺の胸の蒼褪めた勾玉を見て、眉をひそめた。
「まあせいぜい奴隷に癒してもらえ。お前が狂えば皆が死ぬる。それは確かだ」
そのときアサルが戻ってきた。雨に降られた事に関し、天に文句を言いながら。
難しい顔をして腕を組んだ俺と大綿を見ると、黙って横に座る。猫の脚を持って、俺の膝を爪でひっかかせて遊び始める。庭からはまだ
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