三之二 第五の船人
「いえ行灯部屋もなかなか乙なもので……。ところで天津様、お
「若い衆も、俺がお前を身請けしに来たと笑っていたぞ」
「ふふん。身請けされたも同然ではないか」
微笑みを崩さないまま、夜儀が言った。
「私はここから身請けされ、天津様の言う事はなんでも聞いて海渡りに加わる。
「そうならないよう、力を尽くす」
探るように、俺の目をじっと見ている。俺も相手の瞳から、嘘偽りのない真を読もうと努める。しばらく座敷を
「……っ」
「どうにもいけませんな、天津様。そこな野良猫、ちと調子が狂います。今、
「ふん……。俺達は戻る。この手形を使うためにもな」
城主の手形を投げ渡す。手に取ると、夜儀はそれに目を走らせた。
「……これほどの
「手形の件は、話してはおらん。
「なるほど。これはどれも大したものだ。……少し
「どこの世に、女郎屋から城に通うもののふがいるものか」
「それもそうでございますな。ところで、これほどの褒美があれば、
「なかなかそうは行かん、長き沖渡りすらある
「
「あとは平賀源内――。お前と同じ船になった
上を向いて考えている。
「ええ。ただ存じておりますとも。源内様は、安芸津々浦々まで知られたお方だ。難しい
「それに俺とお前、アサルだ。さらに増えても、あとひとりだろう」
俺がそれきり口を開かないのを見て、目を細め、楽しそうに笑ってみせる。瞳の奥は別にして。
「なるほど、この度の厳しき海渡りでは、人集めも針の穴を通すが如くか。これは
「夜儀よ、この天津を信じてくれるか」
背を伸ばし、夜儀は俺の目をまっすぐに覗き込んだ。
「天津様、私は、退屈が一番嫌いでございます。そも胸の高まりを求めての泥棒稼業。そこから足を洗った今は、気の詰まらぬ日々にござります。それゆえ
ほっと息を吐くと続けた。
「泥棒稼業から足を洗ってからは、私も船人。海にこそ、男が命を懸けるだけの
頭を深々と下げて、そのまま起こさない。これは
ならば俺はこの男の真を引き出してみせよう。それすらできないのであれば、そも難儀な海渡り、ましてや沖渡りなど成し遂げられるはずもなし。
頭を上げると、夜儀は、色男らしく微笑んだ。
「夜儀よ、よろしく頼む。……ほら、お前も頭を下げんか」
傍らの小娘の頭を掴んで下げさせる。
「わ、わかった。私も頼む」
皿と匙を持ったまま、アサルが頭を下げる。目を細めながら様子を見ていた夜儀は、すっと立ち上がった。
「これにて失礼。
座敷を出かかって、ふと足を止める。
「そうそう天津様。私の支度金は、この
「万事任せろ」
「ではいずれ」
俺の声を背に、すっと出て行った。
「……面白い男だな、陽高」
膳の飯を全て食べ尽くしたアサルは、箸を置いて茶を飲んでいる。白く細い指が、黒釉流れる湯呑みに映えている。
「そうか、アサルはどう感じた」
「たしかに食えない。あれほどの真を語りながら、城内を探るために女郎になにやら知らんが贈り物などという嘘もまた。ただ、不思議と楽しがっている風でもあったぞ。頭が切れ過ぎて、全てが遊びにしか見えんのではないか、夜儀には」
「そうか」
「なあ陽高よ、急いで帰る事もなかろう。先ほど膳に載っていた菓子を、もう少し
緑色の瞳で、上目遣いに俺を見ている。俺は溜息をついた。
「わかったわかった。菓子をたんともらおう。
「そうか、さすがは神木船の頭だ。胆が座っておる。なんなら次の間に布団を敷いてもらって、ふたりで昼寝していくのはどうだ、主よ」
奴隷は、嬉しそうに俺の腕を抱え込んだ。
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